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影を纏う  作者: 春夏秋桜
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状況整理


加藤晶カトウ アキラ、二十六歳。男。独身で、家族はいない。

職業はフリーター。貯金はあんまり。借金はそこそこあるんだったか。

人柄は普通にいい人、だと思っている。近寄り難いとよく言われてはいるが。

友人は、それっぽいのが一人。最近はあまり会っていない。

大体一人でいる。人生、それで楽しいのだろうか。

実際楽しいのだろうな。たまに一人で話している時がある。

キミが悪い。目の下に隈もあるし。だが、服装は清潔。風呂にもちゃんと入っているらしい……。

独り言さえなければもっと友人ができるんじゃないか?


……。


なあ。


本当にこの男なのか?







加藤晶、二十六歳。ただいまより状況整理を始める。

今、私には二つの悩みがある。


一つ目、借金。こいつのせいで私の人生は日々苦しみと退屈にまみれている、と言っても過言ではないだろう。

六年前、大学から帰ってきた私を待っていたのは、ため息をつく叔父、項垂れる祖母、そしてテーブルの上に鎮座する借用書だった。

いつもと明らかに違う空気に圧倒される私に叔父が一言。

「お前の両親は死んだ。」

そして渡される、学生が払うには莫大なる金額が書かれた借用書。

あの時ほど紙切れが重く感じられたことは……、あるといえばあるがまた別の話だ。

「……。あ、あの。」

「なんだ。」

「これ、どう、すれば。」

「お前が払え。」

かくして、この日から私のめくるめくバイト生活が幕を開けたのだった。

いまだに払い終わっていない。とても辛い。

この悩みについては解決の糸口が見つかったのでそこまで深刻ではないのかもしれない。

いや、まあ、解決の方法がまた難題なのだが。

そんなことより、「なぜ私の親は死んだのか」。

そもそもの話、本当に死んだのか?死因など聞いていない事が多すぎる。

どうやら直葬で葬儀がされたらしく、私は顔を見ることすら叶わなかった。

それに、親族の誰も彼もがこの事を話そうとしない。不可解だ。借金を返し次第調べてみようか。

これが借金についての大体のことだ。後半は両親の死に話が逸れてしまった。

だが、まあ、いいだろう。


二つ目、こちらの方が今、まさに起こっている問題だ。

私の肩に付いている『黒い影』の事だ。『影だった』と言った方が正しいか。

初めは小さなモヤだった。両親が死んだ次の日の朝、私に付いていた黒いモヤ。

父、又は母が側にいてくれる気がして嬉しかった。が、これがまた一日二日と経つにつれて大きくなってきているではないか。

誰かに相談する、という事も考えたが、相談出来る友人も居らず、親族も両親の死から信用出来ないしで結局放っておく事にしたのだ。

一年で黒いモヤは私の身長を越し、人型の影となり、私の周りをくるくると飛ぶようになった。

帽子のようなものをかぶっている事や、両親より背が高かった事から、残念ながら両親ではなかったことがこの頃分かった。

しかし、両親でないにしろ、黒い影はそこにいるだけで私に危害を加えようとしない。

キミが悪いからと無視し続けてきたが、こいつが意思を持っていた場合、かなり悪いことをしたと思う。そこで、思い切って話しかけてみることにした。

「すみません。」

と、影に向かって一言発する。無反応だった。

影は話しかけられた事に気づいていないのか。それとも、こちらの声が聞こえていないのか。もう一度試す。

「すみません、影さん。」

影がこちらを振り向いた。あたりをキョロキョロ見渡し、やがて自分が呼ばれていると気づいたのか、腕のようなもので自身を指さした。呼ばれた事の確認だろうか。

頷いてみると、嬉しそうに私の周りをまたクルクル回りだしたものだから、私は思わず可愛い、と思ってしまったものだ。この時は。


この後が大変だった。意思疎通が出来ることを知った影は、話せないことへの代わりに、怪奇現象で言語を発するようになった。


ラップ音のモールス信号『お元気ですか』

血の手形を窓ガラスに押して文字を書く『よく頑張ったね』

タブレットを勝手に起動して文字打ち『もう少し寝たほうがいいよ』

電話から流れるうめき声のような音声『野菜を食べろ』


悪い奴では無さそうだが、なにせ全てが怖い。血文字は掃除が大変だった。

思い切って

「すみません、怪奇現象を起こすのはやめてくれませんか。」

と話し、紙とペンを目の前に置くと、

『ならお前が話せ』と書いてきた。随分と図々しくなったな……。

こいつは話し相手がほしいのか?確かに、こいつのする事といったら、私の肩にいるか、周りを回るかたまに消えるくらいしかない。さぞかし暇だったのだろう。私自身、面白みもないし。


私は影を友人として扱い始めた。「おはよう」や「おやすみ」といった基本的な挨拶を始め、晩御飯の相談やバイトの愚痴なんかも話した。

その度に影は紙に返事を書く。

『おはよう』『大変だな』『野菜炒めでいいんじゃないか』

反応があるのが嬉しくて、私はこいつとよく話すようになった。

人間は誰も私に話しかけなくなったが。


そして瞬く間に六年が経ち、相変わらず影とは良好な関係が続いている。

影が何者かは分からない。両親ではないという事以外、影のことは何も知らない。

話し方からなんとなく、男だろうな、とは思うが。

こちらから詮索するつもりはなかった。せっかくの良好な関係を下手に崩すのも惜しい。

でも、本人が話そうとするなら聞く事もやぶさかではないな。

そんな日々が続いていたが、ターニングポイントは突如として訪れた。


あるバイトの帰り、そう、まさに今から五分前の事だ。

今日はバイトの掛け持ち三件、工事と飲食と配達の日だった。

太陽が顔も出していない時間に家を出て、月が真上に来る時に職場を後にする。

体力には自信があるが、流石に足取りは重く、頭は半分働いていない、そんな状況だった。

虚しさが心に穴を開け、考えを走らせる。

一生このままなのだろうか。親の死の真相も調べ始める暇もないまま、死んでいくのだろうか。

黒い影だけが、心配するかのようにクルクル回っている。

公園に立ち寄り、ベンチに腰掛ける。俯き、ふと、つぶやく。

「あーあ。」

「なんか高額なバイトでもすればこの苦しみも減るのかなあ。」


次の瞬間、豪風が私を襲った。

何事か、と思い顔を上げると、一つの竜巻が目の前にある。

影だ。影が風を起こしているのだ。

そしてどこかに飛んでいったかと思うと、一枚の紙を持って帰ってきた。

チラシだろうか。茶色く変色していて、古ぼけている。

影は嬉しそうに、待ちくたびれたかのように私の前に差し出す。

『超高額!警備員募集!一晩だけの楽な仕事です!』


そして今、私は悩んでいた。これが現在の状況だ。

「お前、これ……、私に行けと……?」

影は私の鞄からペンを取り出す。

『そうだ。』

「いかにも怪しいのに?」

『そうだな、だがお前の望んだものだ。』

「いや、いざ出されるとちょっと……。」

『楽らしいぞ。』

「そうらしいね。」

場所は病院、勤務時間は深夜の一時から四時。警備といってもただ入り口に立っているだけでいいらしい。それで金額百五十万。苦しみが減るどころか、まるまる消える金額だ。だが、これは間違いなく……。

「犯罪の片棒担ぎませんか……?」

せっかく探してきてくれた影には悪いが、危ない橋は渡りたくない。

死んだ時、両親にどう顔向けすればいいか分からなくなる。

仮に捕まった場合、ますます借金が減らなくなる恐れもある。

「やっぱりこれはちょ…『両親の死について調べたくはないか。』

影が私を見つめる。

『借金はこれでチャラに出来るぞ。時間も出来る。』

「それはそうだが、でも。」

一か八かすぎないか。博打は得意ではないのに。

『無理強いはしない。お前にその意思がなかったという事だからな。』

「そんな事…!」

『ないというのなら、やれるだろう。』

「ええ……。」

「やらないのか?』

「それは。」

影が私の肩にもたれかかる。

『大丈夫、お前なら出来るさ。』

そう書かれたメモが、私の前に差し出された。

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