魔術師達の宴(四)
ラガンは最近リッつあんと話す機会が多かったもんですから、リッつあんが魔術に関する蘊蓄や造詣が深い事を知っております。
しかしガーウィンやスウベニルにすれば、リッつあんはどこぞの馬の骨。
なんでコイツはここに居るんだ?
何を知ってるってんだと頭から疑ってかかっております。
勢い、疑問が口に出る。
「ラガンの。リッつあんとやらがどこのどなたか知らねえが、大罪の珠があったのはゴヤの森のリッチーの屋形だぜ?
なんでそいつが珠の事をを知ってるんだよ」
あからさまに侮蔑の表情を浮かべる五賢の古株二人。しかし空気を読めないのがロビンとリッつあん。
「ゴヤの森のリッチー? そいつはリッつあんの事だよな」
「そうだと思うよ。あそこに住んでたリッチーはワッシだけだと思うしな」
二人の会話に五賢の配下の空気が凍りつきまする。
「小僧、今なんて言った…」
尋ねる声も震えております。
「あ、皆さん。こちらがリッつあんことゴヤの森のボッチーです」
「始めまして…じゃねえ! 誰がボッチーだ!!」
「何言ってんだよ。生き埋めにされた時だって、人間の友達がいなくって魔物と宴会やってたんだろうが」
……ぼっちだな
「おまけに、生き埋めになった後も誰も助けてくれなくって、出てくるのに十年かかったんだろう」
「それはそうだが、用がある時はちゃんと人と会っておったぞ。帝都にも何度も来ておったし」
「どれくらいで?」
「まあ、三年から五年に一回くらい」
「十分ぼっちじゃないか」
「うるせえ、ぼっちって言うな。このドビン坊が」
「人を貧乏みてえに言うんじゃねえ」
「やんのか、こら!!」
掴み合いを始める二人にクロモン卿の仲裁が入ります。
ゴッゴッ
「「痛え!!」」
「いい加減にしねえか!
皆の衆、信じられねえかも知れねえが、このリッつあんがゴヤの森のリッチーその人なんだ」
そう言うと、バットの手紙に書いてあった『多加垣の魔物退治』の顛末を掻い摘んで説明いたしました。
「するってえと何かい、ワシら五賢は酔い潰れて寝ていたリッつあんの鼾を断末魔と勘違いし家をぶっ潰したって訳かい?」
「その上、宝物庫から大罪の珠を盗んでいったと」
「宝物庫?ウチにはそんなご大層な物はありやせんや。単なる物置きでさあな」
「ところで、リッつあん。あの大罪の珠ってのは何なんだい?」
「ありゃ、尿路結石でさあ」
「「「はあ?」」」
「尿路結石。ワッシはあれが出来やすい体質でしてね。小便と一緒に出てくる時の痛さといったらもう」
……あれは痛い。そんな声と共に経験のあるらしい年嵩の者達は頷いております。
「なんで、ある程度の大きさになったら心霊手術で取り出してたんでさあな。
まあ、魔物の中にもできてる奴の分を取り出してやってたんで数もそこそこ溜まったんで」
「そんなモノを貯めてたんかい!」
「そんなモノって。この中にもなんとなくニキビの芯とか貯めた事のある覚えがある人もいるんじゃねえですか? それと同じでさあな」
……俺もやった事あるな
……俺、箱に入れてる
そんな声がチラホラとします。
「話を戻しますが、まあ形も面白いし部屋も殺風景だったモンですから、魔力でうっすらと光るようにクズ魔石を粉にしてまぶし、液を調整して浮いて見える様にして飾ってたんでさあ。まあ、すぐに飽きて物置きに放り込んじゃいましたがね」
「なんでそんな物にご大層な名前を」
「客の誰かが悪戯書きしたんじゃねえですかね」
「じゃあ、ラガン師の保管していた珠が消えたのはなんでなんだい?」
「まぶしといた魔石の魔力が切れたんでしょ?
いつまでも保つもんじゃありませんや。よく保ってたねえ」
「じゃあ何かい。ワシら五賢は唯の尿路結石でできた飾りを後生大事にしてたってえのか」
「まあそうなりますわな」
「紛らわしい事するじゃねえよ、ワシらバカみてえじゃねえか!」
「おう、なんでえその言い草は!
大体ワッシがオメエさん達に『これはお財宝でござい』って進呈したわけじゃねえんだぜ。
他人ん家勝手にぶっ潰して物置きに放り込んどいたガラクタを勝手に持っていったんだろうが。
ガラクタ勝手に持っていって、それがお財宝じゃねえからって文句言うなんざ筋違いもいいところでえ!
それに、バカみてえじゃねえ、バカそのものでえ!!」
「なんだと、この野郎!」
「やんのか、テメエ!」
「辞めなせえって。コイツはリッつあんの方が正しいやな。
ところでリッつあん。
あの珠はどうしたらいい?」
「どうでもよかあねえですかい。服みてえってんならお好きにどうぞってなモンでしょう」
「「誰が服むか!!!」」
サリバンとターランは珠を投げ捨て踏みにじる。
事の顛末の報告を受けたカイノ伯。
驚き呆れはする物の見事な裁きを行いました。
まずはリッつあんに頼んで大罪の珠のレプリカ作成。それを五賢に保管させた。
翌日の瓦版には
『惜しくも黒蜥蜴党は取り逃がした物の、五賢の活躍で大罪の珠は無事奪還に成功した』
と書かれる手筈。なべてこの世は事も無し。
大罪の珠をめぐる騒動、これにて幕とさせていただきます。
五賢のリッつあんに対する賠償はと申しますと、リッつあんがこれを辞退した。
リッつあん曰く。
過去を引き摺るのは性に合わねえ。済んだ事だし今更いいよ。
それに、多加垣ではリッチー饅頭が名産になってやす。また魔物退治の聖地としてワッシの居館跡のツアーが観光の目玉になっており、観光収入が町興しにもなっておりやす。これを無碍にするのは偲びない。
何もないのもアレだってんなら、向こうひと月旨い物でも奢ってもらいましょうか。
盃片手に友誼でも深めるって事で如何でしょう。
リッつあんはそういっているが、本当のところは多加垣の街からその見返りのパテント料を頂戴して酒代になっております。
それにリッつあん、ノレロの街に居を移しているので、この町での生活を住み辛くする事もない。おまけに有力者に貸しを作るのも悪くねえってな事を考えておりやす。
画してリッつあんはノレロの街に溶け込んでいく事となります。
ロビンはと言うと、この一件で一躍名を上げました。何せ帝都の五賢の魔術すら無効にしてしまいますから、対魔術師相手となるとこれ以上強力な相手はおりません。
犯行に魔術師が絡んでいるとなるとお声がかかる。何と言っても帝都では魔術絡みの犯罪が多うございますので引っ張り凧の人気者となってまいります。
これで調子に乗らなきゃいいが。
まあロビンの事ですから……ほどほどにしときなよと祈るばかりでございます。
魔術師達の宴、これにて終幕!