魔術師達の宴(ニ)
五賢の二人を前にしてものの見事に御宝を掻っ攫って行った怪しい賊。その正体は知れず、おそらくは爬虫類系の獣人であろうとだけ推測される。しかもどうやら一人じゃないらしい。
カイノ伯は大急ぎで箝口令を敷こうとしますが刻既に遅し。
人の口には戸は立てられぬ。誰が付けたか「黒蜥蜴党」の噂話でノレロの町は上へ下への大騒ぎになっております。
事態を重く見たカイノ伯、残りの珠を一ヶ所に集め警備を集中させる事にいたします。
直ぐに青のスウベニルの屋敷に伝令を出し、赤のサリバン邸へ移動を指示。クロモン卿ブンチには護衛としての同行を言い渡す。
なぜ集めるのがスウベニル邸ではないかと言うと、サリバン邸の方が広いから。赤魔法は別名火魔法。延焼して火事でも出しちゃあ洒落にならないってんで、訓練場も広くとってある。言い換えるなら、他の魔法の訓練場はそこまで広さは要りやしません。当然青のスウベニル邸では、ターランやガーウィンの一行も合流するとなると、物理的に入りきらないと言う理由でありました。
閑話休題
物々しい警戒体制のなか、クロモン卿のブンチが怠惰の珠と青のスウベニルを連れてサリバン邸に到着いたしました。
「サリバン様。クロモンのブンチ、ただいま到着いたしました」
「おう、そうかい。ご苦労さん」
大罪の珠の警護だってのに、他ごとに気を取られての上の空の返事が返って参りました。
ブンチ親分、このサリバンの返事に違和感を覚える。ふと周りを見ると、サリバンの一派もラガンの一派も緊張感がございません。
サリバン所蔵の憤怒の珠は無事かと訊ねると、誰か持ってきてやんなと手をヒラヒラさせてこちらを見ようともしない。
そこに現れたガーウィンとターランにも同じ態度を取ったものですから、年嵩のガーウィンは烈火の如く怒り出す。
「なんだ、その生返事は!!!」
「喧しい! 今大事なトコだ、静かにしやがれ!!」
これにはガーウィンも驚いた。
一体何事とサリバンに詰め寄ると、サリバンの前に置かれているのは大魔将棋。しかも、どう見てももう詰んでいる。
「サーーリーーバーーンーー!!」
「何でえ!煩えなって……ガーウィン師じゃありませんか。なぜこちらに?」
「なぜこちらに、じゃねえ!!
残りの珠をお前ン家に集めて警護しようって、カイノ伯からの通達があったろうが!
なに呑気に将棋なんぞ指してやがんだ!!」
「面目無え、ついムキになっちまって」
「しかも、どう見てももう詰んでるじゃねえか」
「だから悔しいんじゃねえか! 百手以内で詰んじまうと、次は大駒をもう一枚落とされちまうだぜ。もう三枚も落とされてんだ」
「今何手目だ?」
「七十三手目だ。あと二十手ほど粘れば」
「中駒まで落としてもらえ、ド下手くそ!!」
大魔将棋の大駒とは朱雀、白虎、玄武、青龍の四神獣の駒を指し、中駒とは魔道士、魔闘士、竜騎士、僧兵の四種八枚を指しております。これに奪えば使える傭兵が十二枚、奪っても使えない正規兵二十四枚を駆使し、相手の玉を奪い合うのが大魔将棋でございます。通常、かかる時間は一時間余り、手数にして二百手前後。勝負の鍵を握るのはご想像の通り大駒ですが、これを三枚も落としてもらって半分の手数も保たないとなると、相手の腕がよほど良いのか、サリバンが度を越して下手なのか…
どんな相手と指してるのかと対面に目を向けると、そこにはげんなりした様子の包帯メガネ。
「なんでえ、リッつあんじゃねえか」
「ン? これはこれは。ブンチ親分じゃありませんか。この人なんとかして下さいよ」
聞くと、ラガン爺さんに連れられてきてからずっと相手をさせられているらしい。
ラガン爺さん曰く、サリバンは大魔将棋に目が無いが所謂「下手の横好き」、良い小遣い稼ぎになると言われてノコノコついてきたようだが下手のレベルが初心者以下。オマケに下手のくせに執こい。
初めはヘラヘラしていたリッつあんも流石に飽きが来る。なんとかしてくれと思っていた所に現れたガーウィンやブンチが天の助けに見えました。
「おう、クロモンの。
コイツはオメエの知り合いかい?」
「ガーウィンの旦那。コイツはリッつあんと言ってバットに所縁のモンで、今は親父の遊び仲間でさあ。ちょいと先日訳ありでラガンの旦那とも面ができやして、それで連れてこられたんでやしょう。
リッつあん、オメエさんは大魔将棋も指せたのかい?」
「これでも昔はアマの三段ですよ。ガンさんこっちはからっきしなモンで、あっしに声がかかったんですが…」
「ガンさん?」
「ラガンさんの事で」
「ラガンの旦那はたしかアマの初段を持ってたはずだが…」
リッつあん、どうやらサリバンの相手を押し付けられてた様で。しかも周りも承知の様子。
それを察したガーウィン、思わずリッつあんの肩をポン。ウンウン頷き慰める。
それから始まる大説教。
サリバン、テメエも大概にしろ!
ラガン爺さん、あんたも堅気の衆に迷惑かけてんじゃねえよ!
大体この大事に何してんだよ、緊張感持てよ!
ひとしきり説教が終わったところでクロモン卿のブンチ親分が助け船。
そろそろ好うござんしょう。
珠の安否を確認し、賊に備えやしょう
お説ご尤も。スウベニルの持って参りました「怠惰の珠」とサリバンのもつ「憤怒の珠」が並べられ五賢とブンチが周りに集まる。
その時サリバン邸の照明が曇りだし、吹き抜けになっている広間の上から声がする。
声の主はと見上げると、そこにいたのは絵物語の火竜がそのまま現れたような赤い鱗の竜人姿。
「大罪ノ珠ハイタダクゾ」
そう言うや否や、竜人は翼を広げて宙を舞い二つの珠を掻っ攫う。
名に背負う五賢を前にして大胆不敵の竜人に思わず呆気に取られる一同。
竜人はそのまま出口に向かい飛翔する。
そこに立ち塞がるはクロモン卿配下の捕方衆。
手にした獲物を構えて立ち向かう。
次回大捕物。
如何なる結末を迎えるかは乞うご期待。