魔術師達の宴(一)
世の中には「嘘も方便」なんて言葉がございます。ある出来事を丸く収めるためにもっともらしい作り話をする事を指すのですが、これが思わぬ事態を引き起こす事がございます。
さてノレロの町を騒がせた猫騒動ですが、真相が真相ですから真実をそのまま報告するに忍びない。何せ十七の娘が発情期のせいで猫化して騒ぎを起こしたなんてねえ。
十七の娘が発情期ですよ、発情期。気の毒過ぎて人様に言えるモンじゃあありません。
幸いと言っちゃあ何ですが、死人も怪我人も出ちゃいない。
ブンリュとラガンは口裏を合わせて「色欲の珠」の暴走のせいにする事にしました。それを五賢の一人、白のラガンの能力をもって、うら若き乙女は元の姿を取り戻す。
ノーラは真相をばらされずに済んで汚名を被る事無く、ラガンは名声を得る。
見事なウイン・ウインでシャンシャンシャンと終わるはずでしたが、これが思わぬ方向に話が進んでしまいました。
と言うのも、大罪の珠はまだ四つ残っております。大罪の珠のせいで魔力が暴走して魔獣化した?
大罪の珠で魔力が増大するのかと勘違いする輩もおりまして、裏では大罪の珠に結構な賞金もつけられてしまっております。
治安局にもそんな噂が聞こえて参りますが、所持しているのは五賢と呼ばれる魔術師の御大のお屋敷。ちっとやそっとじゃあ手が出る訳もないとたかを括っておりました。
しかしそう言う傲りが仇になる時もございます。
夜回りが巡回をしておりますと、五賢の一角、黒のターランのお屋敷からガシャーンとガラス戸を破る音と共に怪しい人影が飛び出て参りました。続いて響くは「賊だ!!」の声。
どうやら目の前にいるのは黒のターランのお屋敷に押し入った賊のようだ。
「怪しいヤツめ、神妙にお縄を頂戴しやがれ!」
とっ捕まえればお手柄よと詰め寄った夜回りですが、覆面の下から覗く賊の目を見て怯えが走る。
そこにあるのは爬虫類を彷彿とさせる金色の瞳。
ノレロの町では獣人は珍しくないが、爬虫類タイプとなると話が違う。遠い異国の空の下には蜥蜴人と呼ばれる種族がいるとは聞くが、伝説に近い。ぶっちゃけ見た事がないわけで、化け物としか思えません。
夜回りが怯んだ隙に、件の化け物は夜の闇へと姿を消してしまった。
「何してる! 賊は何処だ!!」
現れたるは黒のターランの現当主、ジョナサン・ターラン。
「これは黒の旦那。賊を取り逃がしてしまいやした。面目無え」
「申し訳無え」
見ればターランの御当主、寝着のままだが争った後があり、着衣は乱れ傷も負っているように見える。
「旦那、一体どうなさったんで?」
「……大罪の珠を、貪欲の珠を奪われた」
大変だ大変だ!
五賢の一角、黒のターラン様のお屋敷に賊が押し入ったって話だよ、お歴々
そんなバカな、どんな命知らずがと思いきや、この賊が見事に御宝を奪い去ったってんだから驚きじゃないか!
この賊に出会した夜回りの話によると…
ここから先はこの瓦版で確かめておくんな
辻々で瓦版が飛ぶように売れ、ノレロの町は大騒ぎ。またも緊急召集された五賢会議の面々はと言うと、誰もが不機嫌さを隠せやしません。
五賢会議の面々はと言うと、寄る年波のせいか黒のターラン、赤のサリバンが代替わりしており新旧交代の時期にさしかかっております。
若い世代はいつになっても小僧扱いしてくる先達が鬱陶しく、旧い世代は経験が乏しい若い世代が偉そうに自分達と対等の口を聴くのが癪に障る。
つまりは仲が宜しくない。
「五賢の屋敷が賊に襲われるたあ、前代未聞だな。五賢の格も落ちたもんだ」
「返す言葉もございません。未熟なモンですから、消えた事に出来なかったので」
「小僧、そいつはラガンの所にあった色欲の珠の事かい? アイツは本当に消えたんだぜ」
「口ではなんとでも言えますからね。消えたのを見ていたのはラガン師の家人だけ。口裏合わせは楽なモンでしょう」
「つまり小僧は家人の掌握もできておらんので、口裏が合わせられなかったと、そう言いたい訳だ」
延々と続く嫌味の応酬に、終に宰相のカイノ伯の堪忍袋の緒が切れる。
バカ野郎! 喧嘩なんぞしてる場合か!!
大事なのは奪われた珠を悪用されねえ事、取り返す事、下手人を踏ん捕まえる事だろうが!
ターラン、テメエはガーウィンの所で泊まり込め。ラガン、あんたはサリバンの所だ。
スウ、おめえさんの所にはクロモン卿を出張らせる。
文句は言わせねえ!
各人言いたい事は多々ありますが、鶴の一声。
まああのままでは何も決まらないのも分かりきっちゃおりますので、五賢それぞれこの場は宰相の顔を立てることといたしました。
されど、賊の正体は知れず。目的は大罪の珠と目されますが定かではない。次なる狙いも分からない。
色欲の珠が消えてから強欲の珠が盗まれるまで十九日。では次は?
何も分かっちゃいない中での厳戒体制。
人間いつまでも緊張は続くもんじゃありません。
まさかの油断もあったのか、次の事件は厳戒体制を敷いた日のうちに起こります。
ここは五賢の一角、緑のガーウィン邸。
カイノ伯の命で渋々手下を引き連れた黒のターランを、これまた渋々ガーウィンが受け入れる。
ギスギスした空気の中で、取り敢えずお護りする御宝拝見の申し出に応えてガーウィン所蔵の傲慢の珠を宝物庫から運び出す。
木箱から取り出し、やれ安心と思ったその時暴食の珠の容器が宙に舞う。
「イタダクゾ」
何ヤツ!!
見ると、賊は壁にへばりついている。
「いつからそこに…」
驚くガーウィンとターランを尻目にニタリと嗤うと、賊は庭に飛び出し風景に溶け込む様に消えていきました。
「ガーウィン師、今のは黒魔術じゃありませんぜ…」
「そう言やあ、南方の蜥蜴の中に身体の色を自由に変えられるヤツがいると聞いた事があるが…」
そう言ったきり二人の五賢は言葉をなくして賊の消えた庭を見やる。
次々と奪われる大罪の珠。
新旧の軋轢も忘れて事態の深刻さに思いを馳せる。
残るニつの珠が奪われる事は避けねばならぬ。
ノレロの町の明日はどうなる?
出番のなかった主人公。
ニつの珠はどうなるのか?
珠を盗んだ下手人は何者か?
謎はあるのに笑いがない、本当にこのままシリアス路線?
次回、珠の争奪戦の佳境に入ります。
※珠の名前を間違えてました。
強欲→貪欲
暴食→傲慢
残りは怠惰と憤怒です。




