猫騒動(三)
猫も歩けば棒に当たる。
え? 猫じゃなくて犬?
いえいえ、今は猫が正しい。
大黒猫に変化したノーラですが、当然行く宛なんざありゃしません。通りをあっちにふらふら、こっちにふらふら。
街には数日前から現れた大型の獣を捕まえようと、大勢の捕方が出張っている。捕方は大黒猫を見つけると呼子を鳴らし、警棒や刺股を手に襲いかかります。
一方ノーラにしてみれば、黙って殴られてやる謂れもないが、多勢に無勢。身を翻して逃げまどう。
足も速いし、夜に黒猫。
捕方はすぐに姿を見失なうが、暫くするとまた別の捕方が大黒猫に出会す。
呼子がピーーーー、御用御用の捕方の声。
逃げ出す大黒猫。
夜のノレロに呼子が響く。
町の衆からしてみれば眠れたもんじゃない。
ノーラはさんざん逃げ回ったせいか、お腹が空いてきた。ふと気づくと離れの座敷に灯りが点っている。よく見ると御膳も用意されている。
クゥ〜〜っと鳴り出す腹の虫。
矢も盾もたまらず座敷に飛び込むと、何か文句でもあるのかと言った風情で客を一睨み。御膳の料理をがっつき出す。
一人前の御膳を平らげたノーラがふと顔を上げると、絡みつく視線が二つ。
え? なに?
大黒猫の姿でありながら不穏な空気にノーラはびくついてしまいました。
「おい、リッつあん。デカイが猫だな」
「猫ですなあ、御隠居」
「アレ、やれるかい?」
「バットの父つあんに教わって、さんざん練習しましたからね」
座敷に居たのは前クロモン卿のブンリュと、リッつあんことゴヤの森のリッチー。
二人して悪い大人の顔をしております。
嫌な予感がして逃げようとするノーラでしたが、そうは問屋が卸さない。
リッつあんは逃げようとする大黒猫の後脚を捕まえ引き寄せて、指で脇腹をツンと突く。 (ウニャ?)
背中をチョンチョン (ニャニャニャン)
お腹をプニプニ (ニャーアーアー)
リッつあんの手が身体に触れる度に猫の鳴き声が上がる。
猫弾きと言う技能で、上手い人がやると猫が見事な楽器になるってえ代物でございます。
大黒猫は懸命に逃げようとしますが擽ったくて逃げるに逃げられない。
「リッつあんの猫弾き、見事だねえ」
「御隠居もやってみなさるかい?」
「良いねえ、久しぶりにやってみようかい」
猫に触ってブンリュは驚き手が止まる。
「おい、リッつあん。コイツは」
大黒猫は手が止まった隙に夜の闇に消えていきました。
「今の手触りは、ありゃ何だい?」
「ああ、ありゃ猫人間でさあね。あの大きさで猫なんて他にないでしょう?」
「猫人間? なんでえ、そいつは?」
「え? ご存知ないんで?」
頷くブンリュにリッつあんは説明を始めようとした時、見廻りの衛兵がなだれ込んできました。
「これはクロモンの御隠居様。
いまここから大黒猫が飛び出してきたように見受けられましたが、お怪我はございませんか?」
「おう、これこの通り。大事ねえよ」
「よくご無事で。何よりです。先程のヤツは今巷を騒がしております大黒猫で。あっしらも怪我人が出る前にとっ捕まえようと躍起になっておりやすもんで…」
「ああ、お勤めかい。ご苦労さん。
そう言や、リッつあん。オメエさんアイツの事に詳しそうだったが、何か良い知恵はないかい?」
「とっ捕まえりゃいいんですかい?なら雑作もありませんやね」
「本当ですかい、リッつあんとやら!」
衛兵の隊長、勢いこんで訊ねます。
「ロビン坊がいりゃ簡単なこってす。誘き寄せるのはあっしに任せていただくとして、皆さんは遠巻きにこの屋敷の方に追い込んで下せえ。
ありゃあ、若い娘っ子のようですから、手荒な真似はしたくありやせんので」
「ロビン? あんな小僧っ子に任せて大丈夫なのかい?」
「ロビン坊の体質は御隠居もご存知でしょう?
それに、ロビン坊はバットの父つあんから捕縄術も学んでおりやすから、怪我させずにとっ捕まえるにゃ打って付けでさあ」
「リッつあん、そりゃあ本当ですかい!?助かったぁ」
「どうしたってんだい?」
「いえね、御隠居。
どうもあの大黒猫はラガンさんのトコのメイドが変化したらしくって。
怪我でもさせたら一悶着ありそうだったもんで」
「ラガンってえと白の?」
「ええ」
「じゃあ、誰かラガンさんとこへ使いを出しとくれ。ここへ来てくれって。ロビンの所へもだ。
リッつあん、誘き寄せる準備はいかほどかかる?」
「五分もあれば大丈夫だよ」
「よっしゃ、皆の衆。急いだ急いだ」
長屋から戻ったリッつあん、懐から何やら取り出すと燻し始めました。
「おいリッつあん。そんなもんで誘き寄せられんのかい?
俺はまた、何某かの魔法を使うもんだと思ってたんだが」
「魔法じゃロビン坊が居たら役に立ちやせん。
それにあの娘は今、猫人間ですからね。猫並みの頭しか働きませんやね。
ここであった事なんか忘れて、必ずこの匂いに釣られてやってきやす」
「そんなもんなのかい?
まあいいや。ロビン、準備はできてるかい?」
「いつでも大丈夫でさあ、御隠居」
そうこうするうち、本当に大黒猫が現れました。なぜか、少し酔っている様で足元が怪しい。
それもそのはず。
リッつあんが燻したのはマタタビの粉。猫にとっては酩酊効果がある代物ですな。
そのフラつく足にロビンの捕縄がかかる。
大黒猫は慌てるが、ロビンは縄を器用に操り手繰り寄せる。
「バット流捕縄術奥義、亀甲縛り!」
ロビンが宣言した時、そこにはあられもない格好で縛られているノーラの姿がございました。
「ほう、見事な腕前だね」
「御隠居、ここは『キッコーなお手前で』でやしょう?」
「よう隊長さん。ここからはオイラとラガンさんに預からせて貰えねえか?
なあに、よしんば逃げたところでまたすぐ捕まえてやるからよ」
丸く収まるならお任せしますと衛兵隊は帰路につき、ブンリュ邸に残されたのはリッつあん、ロビン、白のラガン。
「じゃあリッつあん、この娘の事について教えてくれていいかい?」
リッつあん、コックリ頷くと猫人間について説明出す。
猫人間ってのはあっしの魔装と同じでさあ。魔力を使って全身を覆い、猫の姿に見せかけているだけなんでさあ。
御隠居もこの娘に触れた時お分かりになったでしょう? 実体は変化なんざしておりやせん。
ただ、感情まで外見に支配されやすんで変化てる間は猫になりきりやす。
獣人の血が入った子が第二次魔徴期に稀に起こす症状で猫獣人の血が入っていたなら猫人間、狼獣人なら狼人間と呼ばれますが、まあ原理は同じでさあね。
第二次魔徴期で魔力が不安定になったのと、何か精神的に不安になる事が重なって猫化しただけでさあね。
ラガンさんは、聞くところによると白魔法がご専門とか。
不安定な魔力を整えてやれば、もう猫化なんて心配要りやせんや。
あっけらかんと簡単なことの様に言うリッつあんだが、ノーラの顔は晴れない。
「そんな筈は……
あたしがこうなったのは、ご主人様の持っておられた「色欲の珠」が消えてから。
きっと珠の呪いがあたしの身体に……
だからあの日から…」
「あの日から?」
顔を赤らめて目を逸らすノーラ。
「ああ、ムラムラしてるんだ!」
「言うなーーー!」
「ロビン坊、そのデリカシーの無さがモテない原因だぜ。
まあ、そこの天然ボケはこの際置いといて。
ノーラちゃん、今の季節が分かっているかい?」
「ああ、そうかい。リッつあん、そう言うことかい」ブンリュははたと膝を打つ。
「「「???」」」
ノーラ、ロビン、ラガンは揃って首を傾げます。
「木の芽刻だよ、木の芽刻」
「サカリの季節か! ノーラには獣人の血が入っているからこの季節になると」
「そう、ムラムラしちまうのさね。生理現象ってヤツよ」
「じゃ、じゃあ『色欲の珠』とは?」
「まあ関係ねえな。ムラムラしちまうのは嬢ちゃんだけじゃねえからよ」
「後はラガンさんに診てもらや、万事解決ってことだあな」
「本当ですか!!」
頷くリッつあん。涙して喜ぶノーラとラガン。
「ラガンさん、落ち着くまでロビンをノーラちゃんの側に置いときな。そいつは天然の魔法無効装置でな。そいつがいれば魔法は働かないからさ」
「感謝する、クロモンの。そしてリッつあんとやら。この借りはその内」
「いいって事よ」
「ところで」
「なんだい、ノーラちゃん?」
「あたしはいつまで縛られていればいいんですか?」
身動きするたび食い込む縄に、少し××してしまっているのはきっと発情期のせいよと自分に言い聞かせるノーラであった。
一人の娘の顔に笑顔が戻り、ノレロの町を騒がせた猫騒動もこれにて閉幕、大団円。
此度の事件は大きな被害も出ずに幕を引けましたが、事件の始まりとなった『色欲の珠』は何故消えた? いや、他の大罪の珠は無事なのか?
謎は残っておりますが、本日これまで!
この世界の魔法は以下の五系統に分類されます。
・白魔法…電気を司る。体内の魔法の制御、免疫力の亢進が得意分野となる
・赤魔法…分子の運動を活性化する。火魔法とも呼ばれる。
・青魔法…分子の運動を抑制する。冷却魔法とも呼ばれる。
・緑魔法…虚空を生み出すことで対流を生み出す。風魔法とも呼ばれる。
・黒魔法…光を制御する。幻惑魔法とも呼ばれる




