猫騒動(一)
傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・貪欲・暴食・色欲
世に言う七つの大罪ですが、この名を冠した秘宝が帝都にはございます。
とは申しましても嫉妬と暴食は失われ、残り五つが五賢と呼び称される魔法使いの大家の屋敷に秘匿されております。
その名が刻まれた容器に封じられ、魔力を帯びてふわふわ揺蕩うそれは小梅の種ほどの大きさ。世に言う「大罪の珠」でございます。
一体全体なんなのかはとんと得体が知れませんが、一説によると大罪が封じ込められているのではないかとの事。
ここは五賢の一人、白の魔法使いの総帥でありますラガン・べジーマンの屋敷でございます。
本日は半年に一度のラガンが保有する大罪の珠「色欲の珠」の確認日。
使用人まで一堂に集め、宝珠のご開帳を行なっている最中、容器がいきなり点滅を始め、衆人監視の中で誰一人手を触れていないと言うのに珠が崩れ始めて塵となって消え去るという事件が起きました。
ラガン翁の顔から見る見る血の気が引いていく。帝国の誇る魔法使い、五賢に名を連ねる「白のラガン」をして何が起きたのか分からない。ましてや消えた物は「大罪の珠」の一つです。
どんな災いが起きるのか?
慌てて他の五賢に声をかけ、宰相を交えての五賢会議を開催します。
戦々恐々とする会議のメンバー。
そんな中、帝都の夜に跋扈する黒い影が現れました。
この黒い影、闇に光る金の瞳に猫の様なしなやかな動き。されどその大きさは人間並み。
初めての目撃者は、コイツが噂に聞く豹ってヤツかと思いきや、にゃ〜と鳴いて近づいてくる。
鳴き声は可愛くてもこんな大型の猛獣に襲われては堪らない。心地好い酔いも吹っ飛んでしまい、這々の態で逃げて来た。
番屋に駆け込んできた酔っ払いに助けを求められた衛兵、始めは酔客の戯言と思っておりましたが連日目撃証言が出てくると放ってもおけない。
衛兵隊の面子にかけて、被害が出る前に捕獲せよ!の大号令。
帝都を騒がす「猫騒動」、これより開幕〜!!
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さて場面変わりまして、クロモン卿の元に身を寄せたロビンと、リッつあんの呼び名が定着しましたゴヤの森のリッチーに目を移します。
先ずはロビンですが、今はクロモン卿の計らいで捕方教習を受けております。言わば警察学校ですな。
まあ当たり前って言やあ当たり前。幾らクロモン卿と言えど、捕物名人とその名も高かったバットの推薦状があるとは言え海の者とも山の者とも知れない小僧っ子にお上の御用を任せる訳には参りません。
まあ、腕っ節の方は先の立ち回りからも心配なさそうですが、ブンチが重きを置いているのは心意気。ノレロの治安を守るってえお役目は楽なお勤めじゃアないだけに、覚悟を叩き込む必要がある。
そのため教習場通いを強いました。
当のロビン、学問と言えばリッつあんに教わっていただけですから、誰かと机を並べる教習場が物珍しく楽しくって仕方がない。
新しくできた学友と共に充実した日々を送っております。
片やリッつあん、バットの父つあんに頼まれたロビンの事も片がついた、後はクロモン卿にお任せしとけばいいやと一安心。
何処かへ行く当てもないが、しばらくノレロで羽を伸ばすのもいいかと先代クロモン卿、ブンリュの元に入り浸り。バットの昔話をしたり碁を打ったり飲み歩いたり。
どうやらこの二人、ウマが合うようでよく連んで出歩きます。
リッつあん、骸骨面では出歩けませんから、魔装と言う幻惑魔法で人間に見せかけておりました。ロビンに出会い魔装が解ける事も考慮し一応包帯を巻いた様なお面を被りサングラスも着けている。
実際、クロモン卿の御宅で魔装が解けた時には「ミイラか?」「透明人間か?」と大笑いされました。まあ、事情を知らない使用人達は一瞬の変貌ぶりに驚き、何人かは腰を抜かしていたのもご愛嬌ですが。
ロビンやリッつあんがのほほんと暮らしている間も事件は待ってくれません。
巷を騒がす黒い影。
夜回りの人数を増やして警邏に当たっていたお陰で、遂に北町の衛兵隊が件の黒い影に出会しました。
武器を構える衛兵隊にフーーーー!!っと威嚇するそれは、確かに噂通りの人間大の黒猫。
一瞬怯みますが、そこは訓練された衛兵隊。大黒猫に立ち向かいます。
大黒猫は身を翻して逃走を図る。
逃げる大黒猫、追いかける衛兵隊。
大黒猫の足は速く、衛兵隊との距離が開く。
角を曲がったところで大黒猫の姿を見失い、そこにあるのは三人の人影。どうも一人は意識がない。
「おい、オメエ達! さっきのヤツはどこに行った!?」
「さっきのヤツ?」
「おうよ、今巷で噂の大黒猫よ!」
「隠すと為にならねえぞ」
そう凄まれても二人は顔を見合わすばかり。
「おや? オメエ、ロビンじゃねえか?」
「あ、ジンロクの兄貴。お勤めご苦労さんっす」
このジンロク、ロビンの顔見知りの衛兵で本名はジーン。ただ同隊にもう一人ジーンがおり、紛らわしいのでロック家のジーンをジンロク。ハックマン家のジーンをジンハチと呼んでいる。閑話休題。
「おう、ロビン。本当に何も来なかったのか?」
「へい。あっしとカメはさっき教習が終わったばかりで、ちょっと一杯やろうと出てきたところで」
「ところでよ、その子は一体どうしたんでえ?」
「いえね、この角に差し掛かったところでフラっと倒れかかってきなすったんです」
「これこの通り意識がないんで、介抱しようとしてたところなんで」
「もしかしたら、さっきの大黒猫にやられたのかもしれねえ。
おうロビン、飲みに行こうとしてたところをすまねえが、その子を番屋まで運んでくれねえか?
俺達ゃ夜回りの最中なんでな」
「合点でさあ」
「可愛いからって無体な事するんじゃねえぞ?」
言われて見ればその娘、猫耳の獣人で、整った顔立ちをしている。また、何処かのお屋敷か大店の奉公人のように見受けられ、仕立ての良いメイド服に身を包んでいる。おまけに背負うと良い匂いが鼻を擽ぐる。
ロビンは出会いの予感を少し期待しつつ走り出しました。
さて、まだ教習場通いで見習いにもなっていないロビン。この帝都を騒がす猫騒動に如何に絡んでくるのやら?
これより先は、次回「猫騒動 (ニ)」にて。本日ここまで!