承前 そのニ
前回書き損ねたクロモン卿との出会いをお届けします。
ここは花の帝都の北の門。お天道さんも登りきっていないというのに一悶着が起きております。
「怪しいヤツめ、何者だ!」
都の門衛が槍を向けた先にいるのは、いかにもお上りさんといった風情の若者と魔法使い風の男。
言わずと知れたロビンとリッチーであります。
「リッつあん、だから言ったじゃねえか。そのお面は怪しいって」
そう言えばリッチー、夜店で売っているような狐の面を着けている。
「ロビン坊。そうは言うが、他に売ってた面ってアニメのセル面しかなかったじゃねえかよ。
さすがにアレは恥ずかしいやな」
「マスクも売ってたじゃねえか。アレは?」
「うーむ、ゴリラとゾンビ…どっちが良かった?」
「…おまえらなあ、顔を隠して通関を抜けようとする事自体がおかしいと思わないのか?
何『え?』って顔してんだよ
顔を隠したやつを通す訳ないだろうが!」
「でもなあ…」
「素顔を見せるとビビられるし」
「新稲の町じゃ、子供に泣かれてたもんな」
「いいから面を取れ!」
「そこまでおっしゃるなら」
面の下から現れるはお馴染みの骸骨
「おい、ふざけてるのか? その骸骨の面も取るんだ」
「いえ、これが素顔で…」
リッつあんは衛兵に顔を触らせる。
「…本物? 貴様、妖か!!」
「いえ、ゴヤの森に住んでおりやしたリッチーでござんす」
「!!!」
衛兵は慌てて呼子を吹き鳴らします。
何事かと集まる同僚に件の衛兵は大声で一言。
「ゴヤの森のリッチーだ!!
応援が来るまでここは我らで死守するぞ!」
ロビンやリッチーは知りませんでしたが、多加垣の魔物退治と言えば、大掛かりな魔物騒動だっただけに、三十年ほど経った今でも帝都では英雄譚として語り継がれておりました。尾鰭もたくさん付いている。リッつあんの事を知っている人が聞いたら「誰のことだ、それは?」と首を傾げるほどの代物でして。
ゴヤの森のリッチーと言えば世間を騒がす魔物達の首魁、悪の権化、向かうところ敵なしの大妖。恐怖の代名詞となっておりました。
衛兵達は恐怖に包まれながらも、帝都を守る使命感を胸に悲愴な覚悟で望みます。
リッチーには通常の物理攻撃は効かず、魔法攻撃が有効とされております。
「魔法の使える者、構え!! 放て!!!」
「「「天に滅せい、滅魔破邪光!!」」」
五人の魔法の使える者が放った白魔法の束が二人に迫る。しかし魔法は二人の手間5メートル程のところで消え去ります。
「おうおう、テメエら! いきなり魔法とはご挨拶だな!!
だけどよ、こちとら魔法なんぞでビビるほど小せえ肝っ玉してねえんだ。
喧嘩を売ろうってんなら買ってやる! かかって来やがれ!!」
ロビンはそう言うと万力鎖を左の拳に巻き着け即席のメリケンサックを、右手には形見の十手を握って衛兵に殴りかかる。
リッチーも手にした杖を握り直し後に続く。
たちまち始まる剣戟の響き…にはほど遠い打撃音。ロビンとリッチーは十人以上いる衛兵相手に互角の立ち回りを演じます。
「おうおうテメエら、天下の往来でなんの騒ぎでい!!!」
一堂、驚いて声の主を仰ぎ見る。
「これは、クロモン卿!」
「ええ? クロモン卿?
旦那、恐れ入りますがクロモン卿のブンリュ親分でござんすか?」
「ブンリュは先代だよ。オイラは当代のブンチってんだ。
なんでえ、坊主。先代に用でもあるのかい?」
「こいつァ失礼いたしやした。
あっしは多加垣からめえりやした、ロビンと申しやす。
ひとまずコイツをお確かめ下せえ」
そう言って懐から書状を取り出しブンチに差し出します。
差し出し人の名前を確かめ、ブンチは懐かしげに声をかけます。
「おう、バットのとっつあんからかい。
とっつあんは元気にしてなさるかい?」
「オヤジは先日亡くなりやした」
「本当かい、そいつァ?
惜しい人を亡くしたなあ……ご愁傷様。
ところで坊主、今オヤジって言ったが、オメエバットのとっつあんの息子かい?」
「へい。ただ息子と言っても血は繋がっちゃおりやせん。オヤジは身寄りのねえあっしを育ててくれた、言わば育ての親ってヤツで。
クロモン卿、オヤジからコイツを預かってきやした。コイツはクロモン卿にお返しせよとの遺言でござえやす」
そう言って帛紗を差し出す。
「コイツはとっつあんの紫房……
そうかい。本当に逝っちまったんだなあ。先代が寂しがるなあ。
ところでそっちに控えてる御仁は誰でえ?」
「オヤジの飲み友達で、ゴヤの森のリッつあんで」
「「「飲み友達?」」」
さっきまでドツキあってた衛兵達が素っ頓狂な声を上げる。
「故あってゴヤの森に住んでおりやしたが、リッつあんはこの御面相でやす。ボッチなのもよろしくなかろうと、顔を出しているうちに仲良くなって」
「ロビン坊、ボッチはないだろうよ、ボッチは!」
いきなりつかみ合いを始める二人。
「まあまあ。
立ち話もなんだ。館に来てくんな。
先代も交えて積もる話を聞かせてくんなよ」
「クロモン卿!!」
「コイツはあのゴヤの森のリッチーですよ!」
「危険です!!」
「そうは言うがな、オメエ達。オイラにはこの御仁がそんなに危ないヤツには思えねえんだ。
その証拠に、オメエ達は誰も大したケガをしてねえじゃねえか。
オイラの見たところ、お手になさっているその杖は仕込みだぜ? だろ? リッつあんよう」
リッチーは杖を少し抜き、刃を見せ戻す。パチンという音と共に女性衛兵の衣類がストンと落ちてあられも無い姿に。
きゃーっと叫んで蹲る女性衛兵達。
「リッつあん、相変わらずいい腕だねえ」
「なんで女子衆の服だけ斬ったんだい?」
「そりゃ、男の服を斬ってもつまんねえからに決まってるでしょうが」
「コイツァとんだセクハラオヤジだ。
分かったかい?
この御仁がその気になりゃあ、オメエ達はただじゃ済んでなかったんだ。
なあに、オイラなら大丈夫だ」
そう言うとクロモン卿、ロビンとリッチーに誘いの手を向け歩き出す。
斯くしてロビンとリッチーはクロモン卿と出会い、その配下の御用聞となってノレロの北町を中心に活動を始める事に相成りました。
切りもいいので本日これまで。
ノレロに跋扈する怪しの影。
闇夜に出没する怪盗。
果たしてロビンとリッチーの活躍や如何に?
次回 捕物帖第一話、猫騒動!
※クロモン卿の名前をブンチ、先代をブンリュに変更しました。