狐火(八)
狐面の巫女に連れられロビン一行が本殿に戻って参りましたところ、トウカ様がハアハアと大息をついて倒れておられます。
「トウカ様! どうなされました!!」
慌てて駆け寄る信太の女将。
「信太。戻ったか」
そう言ってトウカ様は身体を起こす。
「大事ない。タマノのせいで少し血圧が上がっただけじゃ。そう騒ぐでない」
「しかしお歳がお歳ですから」
「そう思うてくれるか。なれば、妾の頼みを聞いてくれぬか?」
「あたしができます事でしたら」
「十年でいい。妾の代役をやってほしいのじゃ」
「「「はァ?」」」
驚くロビン達を尻目に、トウカ様が顛末を話し出す。
時を少し戻してみて見ます。
トウカ様の本体は神霊で、その霊力と親和性が高く受け入れられるだけの耐性を保つ神狐が神降ろしして権現様となり「トウカ様」となる。
神狐と言えど命あるものでございますれば寿命がある。歳をとったらガタがくる。お迎えだってやってくる。
権現様としちゃあ神無し期間を作らぬように、達者なうちに引き継ぐ必要がある。
次代を継ぐのはタマノですが、アイドルに未練を残したままでは哀れよね。
ばあちゃん、も少し頑張ったげる。だから悔いが無いようやっといで。
だけどもう歳だから五年が限度だよ。
社長さんとやら。
うちの孫をよろしくね。
言われた社長は顔が引きつっております。
「タマノちゃんってトウカ様のお孫さんだったの!?」
それは吃驚するのも仕方ない。
「タマノちゃんに聞いた連絡先に電話したら伏見のお札売り場にかかったのって、間違いじゃなかったのか」
え???
トウカ様を初め神社関係者が呆気にとられます。
「社長殿、それはどう言う事かな?」
「はい、私は出身が上方なんですわ。
ダッキーがおらんようになって二年、ようやくストーカーの姿も消えたんで、そろそろエエやろと思いまして。
伏見さんにお札貰うて、お札売場の横の電話でタマノちゃんから聞いてた番号回したら目の前の巫女さんに繋がりまして。
お互い『え?』ってな感じで目と目が合って。
仕方ないから『ショウイチイ様っておられますか?』っちゅうて聞いたら『正一位様と言うのはトウカ様の事ですよ』って。
その時の巫女さんの目の怖かった事…
私、思わず『すんませんでした』っちゅうて謝って逃げ帰りましたわ」
「……タマノ、おまえなんで伏見の神社を連絡先にしたんじゃ? しかも苗字に正一位って」
「ほなかて祐徳の方やったら」
「神社を連絡先にすなっちゅうとるんじゃ、アホたれ!!」
「え?」
「え?やないわ! 個人的な用事で神社を連絡先にするアホがどこにおる!
そう言う時は信太みたいに市井に紛れとる眷属の者に頼むモンじゃ! 常識じゃろうが!」
「え…そう言うモンなの?」
「頭が痛い……
ほんで、苗字の方は?」
「え? うちって『正一位』が苗字じゃなかったの? ばあちゃん、昔から正一位様って呼ばれてたからそれが苗字かなって」
「正一位と言うのは昔の官名じゃ。
神代の時代、ミカドより賜る一番高い位が正一位じゃ。なんでトウカ神社の者がそんな事も知らんのじゃ……」
「じゃあ、うちの苗字ってなんなの?」
「神職の者の姓は真名に関わるので妄りに教える訳には参らぬので、通常は住もうておる土地か役職名を名乗るのじゃ」
「知らなかった……」
「……まあ、そなたの場合は役職は無いし出身地は伏見じゃから大して変わらぬか……
他の連絡方法は無かったのか?」
「絵馬に書いてってお願いしたよ? うちの売り上げにもなるし」
褒めてと言わんばかりのドヤ顔を向けるタマノを見てトウカ様はこめかみを押さえる。
「……タマノ。『ダッキーに会いたい』って絵馬、どれくらい奉納されているか知っておるか?
今でも月に数十枚、おまえが姿を消して二年ほどは毎週数百枚奉納されておったんじゃぞ?」
「え……」
「連絡取りたければ絵馬に書いてくれと言われたら、それは普通は『神頼みしてくれ』と言う事。つまり諦めてくれと言ってるのと同じなんじゃぞ」
「そやで、ダッキー。せやけどワイはアイドル・ダッキーの輝きが忘れられんでな。
ずっと探しとったんや。
そやけど十年。これでアカンかったら諦めよ。
ダッキー、どうか連絡くれーーーっちゅう思いでテールズの皆んなにも声かけて復活ライブを」
「社長!! 皆んな!!!」
うんうん頷く社長とテールズの面々。
「社長殿、おおきに。ありがとさんや。
タマノ、妾は言うたな?
トウカの仕事は大切なのは通力だけじゃない。
他の権現供との折衝のため韜晦術や交渉力を身につけておく事。
その時代時代に合った常識やトレンドを知っておく事。
ちゃんと勉強しておったか?
なぜ目を逸らす?」
お怒りになられたトウカ様、立ちあがろうとして膝が崩れ落ちる。
側仕えの巫女が慌てて駆け寄り血圧測定。上が225で下が174。いつもより60ほど高い。
巫女達は慌ててトウカ様に駆け寄る。
トウカ様、胸を押さえゼエゼエハアハア
「信太をこれへ」
説明を聞いた信太の女将、大きく嘆息いたします。
「トウカ様。お話しは分かりましたが、幾らなんでも荷が重すぎますよ。あたしは眷属と申しましても隅っこの隅っこ。野狐なんでございますから」
「こんな情け無い身内の事情を広める訳にもいかぬ。
ここに居る者だけにとどめたいのじゃ」
「それは理解できますが…」
「トウカの仕事は主に折衝じゃ。
山王の者らは霊格は足りておるが世間知らずで、海千山千の権現供とやり合うには心許ないのじゃ。
その点は野狐であっ信太の方が長けておろう?」
山王の神職の皆様の名誉のため申しますが、それは他の社でも同じ事。世間とのズレが厳かさを醸し出すため箱入り娘の様に教育されております。
しかし大社の上部はそうは参りません。他との折衝が主な仕事となるため、候補の者は神職を離れさせて世間慣れさせる。
山王社は末社のため、世間慣れさせられた者がおりません。
「それに信太よ、聞けばそなたは昇格の条件を満たしておるではないか。そなたが辞退しておるだけと聞く。
通力が必要な時には妾が出る。
表の顔役、引き受けてくれぬか?他に頼めそうな者がおらぬのじゃ」
「……」
「辞退しておる理由も存じておる。惚れた男と…じゃが、そこを曲げて頼む」
トウカ様は身体を横たえたままハアハアと苦しそうな息を吐きながら信太の女将に訴える。
元々情に篤い信太の女将、崇拝するトウカ様の、苦しい息の下でのお願いを断れようもございません。
「承知しました、トウカ様。あたしなんかでよろしければ」
「すまぬ。お主の惚れた男にも申し訳ない。機会を作って詫びさせてもらいたい」
「トウカ様。その事でお願いが」
「聞こう」
「その惚れた相手が亡くなっておりました。墓参りに行かせていただきたく、二月ノレロを離れるお許しがいただきたく」
「左様か……許す」
そう言うとトウカ様は巫女の助けを借りて居住まいを正されます。
「タマノ。五年じゃ。未練が残らぬよう励め。
そののち信太の元でトウカとしての修行をな。
信太。こちらに」
トウカ様が近づいた信太の女将の額に手をかざすと、女将の額にトウカ様の紋が浮かび消える。
「その紋があれば、どこのトウカ社からでも伏見に転移できる。半年以内に伏見まで参れば良い。その後は妾の跡を頼む事になる。相済まぬがよろしく頼む」
十日後、テールズの復活ライブは大盛況。
最初から五年と期限がある。
少し董が立っている?
それがどうした文句があるか!
観たい奴だけ来ればいい。
ホントのステージ魅せてやる!ってなモンでパワー全開。
ダッキー見事に復活をアピールするステージになりましてございます。
信太の女将改めおしの姐さん、昔の馴染みに店を預けて旅支度。
お供はオヤジの一周忌ってんで案内を買って出たロビンとリッつあん。
トウカ様になられるお方の護衛の名目でカイノ伯から旅費をしこたま踏んだくっているので懐は温かい。
カイノ伯にすれば後からトウカ様に難癖つけてやろうと思っていたのに、おしのさんが次のトウカ様とくりゃそれもままならないのに旅費と称して結構な額を……まあ、二十年の罪滅ぼし。諦めていただきますか。
一人のスターが生まれ、一人の女が去っていく。
ノレロの街は事も無し。
これにて狐火の章、閉幕!
なんとか終わりまでもってこれました。
お読みいただいた皆様、ありがとうございました。
小ネタは幾つか使えませんでしたが、蛇足になるので。
後日譚としてまとめます。
ロビンはネタが浮かぶまでお休みします。
主人公がちゃんと主人公する話しが書きたい!
力不足を実感します。