狐火(五)
タマノを連れたクロモン一行が大通りに出ると、その行手を遮るように狐の面を着けた幼女が二人。
一行を前に深々と一礼をいたしまして声をかける。
「此度は我が眷属がご迷惑をおかけいたしました」
「主、トウカ様に代わりお詫び申し上げます」
トウカ様と聞き、ブンチ親分慌てて襟を正します。
「トウカ様ってぇと、あのトウカ様でござんすか?」
「あのも何も、トウカ様はお一方しかおられませぬ」
一同慌てて膝をつく。
「トウカ様の御使いとは知らず、ご無礼を!」
この国には皇国になるずっとず〜っと前から五つの大きな系統の神社がございます。
その総本山には権現様と呼ばれる現人神がおられます。トウカ様はそのお一方。
お馴染みのラガン様やサリバン様は魔法の大家と知られておりますが所詮は人間。帝都界隈でなければ御威光も通じませんが、権現様は神様です。信仰の対象として通津浦々まで御威光が及びます。神通力もハンパじゃございません。
雷を司り学業と無病息災の神様、カンコウ様
水を司り慈雨と水産、水運の神様、スミヨシ様
火を司り家内安全と長寿の神様、オフドウ様
風を司り戦と商売繁盛の神様、ハチハタ様
そして光を司り五穀豊穣と子孫繁栄の神様、トウカ様
この五神が国を支える御柱であるとされておられます。
皇国といえど、まだ七代。百年と続いちゃございません。それに対して権現様達は神代の時代から連綿とこの国を支えておられる。
政治にはお関わりになられませんが、当代の皇帝陛下とてこの方々には上座を譲らざるを得ない。
そんなお方の御使いを前にするとなれば、思わず膝を着いてご意向を伺わねば後が怖い。
「此度は詫びを申すのは我等」
「お役目は重々承知しておりますが、此度の件については我等に預けてもらえまいか」
「ついては関連の者のみ山王のお社に来ていただきたい」
「トウカ様が来臨されておられる」
「急な事とて他社の方々の了承が得られておらぬので、お社の外に出る訳には参らぬのだ」
「カイノ伯殿や他の関係者にもお迎えが行っておる」
「ただ、伏見や祐徳の大社に比べ山王のお社は少し手狭。この数は入れぬので絞らせてほしい」
交互にそう言うと狐面の幼女は「そなた」「そなた」と指をさす。
選ばれたのはブンチ親分、与力が二人。ヨウ・シムネ。何故かロビンとトノキンにリッつあん。
選ぶだけ選んで幼女は信太の女将に声をかける。
「信太の。此度はご苦労であった」
「野狐とはいえあたしも眷属の末席に名を連ねております。当たり前のご報告でござんすよ。
ですが一つお願いが。あたしもご一緒させていただきたく」
「何ゆえに」
「事と次第によっちゃあタマノちゃんはあたしが預かることになるんじゃないかと。
あと、個人的な事情でありんすがカイノ伯におり行ってお話しがございまして」
「タマノは言い訳であろう。カイノ伯殿が本命か」
「ご慧眼恐れ入ります。今のあたしの身分ではこんな機会でもないとお会いできませんので。
後生でございます。お許しを」
「では、そなたへの褒美として同道を許そう」
山王のトウカ神社の神殿に通されました一行、めいめい指定の床几に腰を下ろしてトウカ様がお出でになるのを待っております。
信太の女将はトウカ様に呼び出され奥の院。
ソワソワしておりますと、表からカイノ伯の到着が告げられました。
カイノ伯、トウカ様の神使よりいきなりお呼びがかかったものですから大慌てで身嗜みを整え山王社に向かいました。
道すがら話しを聞くと、ノレロの街でトウカ様の縁の者が騒ぎを起こしてしまった。詫びを入れるので無かった事にしてほしい。
そんなことで権現様のお一方であるトウカ様に貸を作れるならお安い御用。せいぜい勿体ぶって貸を作ってやろうと内心ホクホク、されど表情は渋面を作って神殿に上がります。
カイノ伯が昇殿すると御簾が上がり、奥にはトウカ様が一人の狐面を着けた巫女を従え鎮座されておられました。
「カイノ伯。このような所までご足労いただき、あい済まぬ事をした」
カイノ伯は渋面のまま礼をします。こういった辺りはさすが『妖怪』の異名をとる狸親父でございます。
「此度騒ぎを起こしたタマノは、これからのトウカ神社にとり失う訳にいかぬ者ゆえお願いに参った。
このババのたっての頼みじゃ。
此度の騒ぎ、無かった事にしてはもらえぬか」
トウカ様直々のお願いとあっちゃ断わる訳にも参りませんが、素直に受けては旨味がない。
「されど某もこのノレロの治安を預かる身。騒ぎを起こした者を放置する訳には」
「そこを曲げての頼みゆえ、そなたに願うておる。
此度の頼みを聞き入れてくれるのであれば、そなたの願いを一つ何でも聞き入れよう」
「何でも?」
これにはカイノ伯の方が驚きました。
権現様の「何でも」はそんじょそこらの「何でも」とは訳が違います。まさにワイルドカード。
想像以上の報償にカイノ伯は考えこむ。
『何を頼もうか?』
「願い事は後日でも構わぬ。頼まれてくれるや?」
「トウカ様がそこまでおっしゃるのであれば、よっぽどのご事情があるとお見受けいたしまする。
委細承知いたしまする」
「おお、左様か。恩に着るぞえ。
では願い事はこの者を通じて申すがよい。
この地に住まう妾の信を置く眷属じゃ」
「ありがたく」
そう言って満面の笑みを浮かべたカイノ伯。
巫女はカイノ伯に近づき面を外すと、カイノ伯の血の気がサァっと引きます。
現れたのは信太の女将。
「お・・・おしの姐さん!?」
「覚えていてくれたのかい、トーリの旦那。いやさ、カイノ伯様?」
にっこり笑っているのに背筋が凍る。
「あたしとの約束も覚えておいでだよねぇ?」
カイノ伯は思わず床几からずれ落ちる。
「五年経ったら返してくれるって言ってましたよね?
もうそろそろ二十年にもなろうとしてますが?
まぁ、返してくださるなら水にお流ししましょうか」
「す、すまん!許してくれ、姐さん!!」
「なら返しとくれ、あたしのバットを!!」
美人の怒った顔は鬼面以上に恐しい。
逃げるカイノ伯、追う信太の女将。
遂に女将はマウントポジションをとりカイノ伯をタコ殴りし始めます。
「ト、トウカ様! お助けを!」
「それがそなたの願いなるや?」
しれっと答えるトウカ様。
勿体ないが命には変えられない。
「結構でございます!」
「あい分かった。
信太よ、そこらで控えよ」
「トウカ様!!」
「気持ちはわかる。が、時は戻せぬ。
落ち着いたら納得のいくよう落とし所を決めてやるで、今は控えよ。
それ以上やるとカイノ伯が落命する。
此度は妾が頼み事をするのに招いた客じゃ。
ここでカイノ伯を死なせる訳にはいかぬ。
堪えてくれ」
「く・・・」
信太の女将はカイノ伯から降りると堰を切った様に大泣きを始めます。
「おしの姐さん、すまぬ」
バツの悪そうなカイノ伯の詫び。
「二人を別室へ。
ロビン、ゴヤの森のリッチー。そなた達も縁があろう?
付いて行ってくれぬか?」
「へい」「承知いたしやした」