05話 霊媒師
「美澄」
なーんか交久瀬くんの言い方って刺があるんだよね。ぶっきらぼうっていうか。
名前呼ぶだけでどうしてこんなに刺々しいの?
心の中で薔薇でも育ててるわけ?
「なに?」
「明日、空けとけよ」
ほらほら、こういう言い方よ。って......
「え?」
「仕事が入ったんだ。お前も来い。」
「え、私も?」
霊媒師とかの仕事って、一般人も着いて行ったりしていいものなの?
「姉さんがお前も一緒にって言ったんだ。なにかあるんだろ。明日の午後2時、お前の家の近所の公園に集合な。」
「わ、分かった。」
性格は置いといて、顔はいいんだよね。美少年って感じ。
性格もいいように言えばクールだし.....
あんな噂が無ければ、モテてたんだろうなぁ。
「おい、早く帰りたいんだよ。早くしろよ」
「ご、ごめんごめん」
いや、クールじゃ収まらないな、これは
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1時53分、か。ちょっと早く着いたな。
まだ霊媒師とか、アヤカシとか、よく分からないことばっかりだな。
文月さんが“言霊使い”とか“式神使い”って言ってたような......
言霊使いは、多分相手を自分の言った通りにさせることが出来るってことだよね、多分.....
式神使いは自分の式神を呼び出す....
「悪い、遅れたか?」
「うわっっっっ!!!!!!!!」
「なんだよ、そんなびっくりすんな」
「い、いや、ごめん、ちょっと考え事してて....私が早く着いただけだよ。」
遅れたとか気にする人なんだ......ちょっと意外かも。
「そうか。悪い、今日はもう1人待たないといけないんだよ。多分もう来る。」
「もう1人?」
「うん。あぁ、ほらあれ。」
「あれ?」
「あれだよ。学ランの、こっちに歩いてきてるやつ」
「......何度か転けそうになってる人?」
「そう。」
「いやぁ、お待たせしちゃいましたね。伊織くん。こちらが例の?」
「あぁ。誘惑者の美澄千歳。」
「初めまして。美澄千歳といいます。よろしくお願いします」
誘惑者?あのアヤカシを招きやすい力みたいなもののことかな?
「よろしくお願いします。僕の名前は井成榮です。榮とお呼びください。」
「はい。分かりました。榮さん。」
「ところで伊織くん。今日のことについて、文月さんからどこまで話聞いてます?」
「何も聞いてない。」
「何もですか......またまた文月さんったら.....では僕から、今回の仕事の説明をさせていただきますね。千歳さんも、聞いていて下さい。」
「はい。分かりました」
「今回の仕事は、もちろんアヤカシ祓いです。場所は廃墟。依頼者の証言によると、電気も通っていない廃墟に明かりがついていて、首吊りの影が見えた、と。」
「見間違いとかの可能性は?」
「それを見た人間全員が同じような証言をしていますから、その可能性はほとんど無いかと。あるとすれば.......幻術を使われた可能性、でしょうか。」
「他の奴らがその事件を解決しに来る可能性は?」
「確実に無いです。僕は伊織くんと行くと言ってからここに来ていますので。」
「それならいい。」
「他の奴らって?」
「霊媒師はそれぞれの団体に所属しています。基本的には霊媒師の家系が1つの団体を作っているんですが、交久瀬家には伊織くんと文月さんの2人しか居ないので“紫陽花”という霊媒師団体を作って、ワケありの人、まぁ例を述べると一般家庭に生まれながら“こちら側”に足を踏み入れてしまった人などを引き取って活動しているんです。」
交久瀬家って、霊媒師の家系なんだ。
交久瀬家には2人ってことは、ご両親はもう居ないってことだよね.....
「ということは他の奴ら、というのは他の団体の方ということですか?」
「そうです。」
ってことは.....
「交久瀬くんは他の団体の方に来られたくない....?」
「ご名答です。彼は他の団体の方が嫌いなんですよ。」
「嫌い?どうして....」
「それはですね。彼は言霊使いであり、そして」
「ペラペラ喋るんじゃねぇよ。」
口悪いし刺々しい言い方っ!綺麗な顔してるんだからもっと綺麗で優しい言葉使えばいいのに.....
「まぁまぁ、詳しくは止められたので言えませんが彼が使う術は他の術師に忌み嫌われているものなんです。だから他の団体の方はほとんど皆伊織くんのこと、大嫌いなんですよ。」
「え、」
「だから伊織くんも嫌い、ってだけです。僕が所属しているのは、光明と呼ばれる組織で、霊媒師団体の皆さんに仕事を流している、まぁ一般人を含む依頼者と霊媒師との中継機関というわけです。僕は元々紫陽花担当では無かったんですが、皆さん伊織くんに会いたくないとおっしゃるので全部僕に回ってきて、結果僕の担当になりました。あ、僕は伊織くんのこと好きですよ?」
「勝手に言っとけ」
「も〜冷たいですね」
担当とかあるのか....もう色々出てきすぎてよく分からないけど.....
「私、まだ何も知らないんだな......」
「.........知らない方がいい事も、あると思いますよ。」
「え?」
「“アヤカシを祓う”という使命が課せられる霊媒師には、一般人のような“当たり前の日常”は存在しない。霊媒師の家系は、生まれたら最後、一生アヤカシという存在と共に生きていくことになります。」
一生......
「......私は、人の役に立てるならそれでもいい、と、思ってしまいます。」
「そうですね。話に聞いていたとおり、あなたは心に雲ひとつ無い善人のようだ。」
「善人?」
「役に立つとか立たないとか、そういう問題じゃないんだよ。」
「え、」
「霊媒師に幸福な一生なんて無い。寿命で死ねるのは極わずかの人間だ。ほとんどの霊媒師は、アヤカシに喰われて終わり。死体が一部分でも帰って来ればいい方。アヤカシを祓ったところで一般人には基本的にアヤカシは見えない。感謝もされること無く命を賭けて戦ってるんだ。」
「でも、頑張ることって見返りが全てじゃないと思うし.....見えてる、他の霊媒師の人からは感謝されないの?」
「アヤカシを祓えて当たり前。霊媒師の家系じゃこんな考えだ。祓える事が前提。もし祓えなくてアヤカシに喰われたら、強い術師であるほどアヤカシの養分になる。“祓いづらくなった”と、死んでなお責められるのがオチだ。」
そ、そんな事って......
「酷い.....」
「.................ほら、そんなことより早く行くぞ。今日は家にバウムクーヘンがあるんだよ。早く食べたいんだ。」
「そ、その為だけに急ぐの.......」
「俺にとっては最重要だ。」
って歩くの速!!どんだけバウムクーヘン食べたいんだ...
「伊織くんはひねくれていますからね。ああやって悪い言い方をする。.......でもこれが事実です。霊媒師の一生はアヤカシと共にある。」
「........どうして、あんなに棘のある言い方をするんでしょうか。」
「んー......確かに普段はもう少し柔らかい言い方をしているイメージです、そうですね...................................」
え、柔らかい言い方できるんだ!?
「...................................」
...めっちゃ悩むな。何となく聞いてみただけだからそんなに真剣に考えなくてもいいんだけど....
「あの「来て欲しくないから、でしょうか」
「え?」
「伊織くんはあなたに、これ以上、こちら側の世界に踏み入って欲しく無いのかもしれません。」
そんなこと、
「どうして今更、?」
「今更、という訳でもないですよ。今のあなたはアヤカシを引き寄せるだけの一般人。戦う力も無い。ただ守られる存在なんですから。」
「....私が戦う方法は無いんでしょうか。」
「いずれ、あなたがそうやって“守られるだけでなく自分で戦えるようになりたい”と、戦う力を欲すると分かっているから、これ以上巻き込みたくないんでしょうね。」
「それこそ今更です!!私はアヤカシが見えるし、もうとっくに巻き込まれているんです!!」
「......戦う力を持たぬまま、守られる為だけに知識を持ってこちらと関わる事と、戦う力を持ちアヤカシを祓おうとする事は、関わりの深さが違うんですよ。」
「関わりの、深さ」
「アヤカシは、化け物といえど1つの生命体です。強くなればなるほど、人間や動物などの形により近い形状へと変化します。そんなアヤカシを祓うことは、生き物を殺すことと同等です。」
「そこは割り切るものなのでは、?」
「長く生きたアヤカシであればあるほど、知性が芽生え、小賢しくなります。」
「小賢し、」
「おっと失礼。賢くなります。だから、人間の良心に語りかけるような行動をしてくる者も多くいるんですよ。命乞いをしたり、家族を作り上げ、それを守るような行動をすることも。そんな、人間ならば心が揺らぐような行動を見せたアヤカシを殺した途端、その霊媒師の“線引き”が曖昧になっていくんです。」
線引き?
「線引き、とは?」
「命の重さの線引きです。人間を殺してはいけない。それはなんとなく人間の心に刻まれています。しかし、アヤカシは自分たちの害になるから殺した。生きるために、牛や豚、魚などを殺している。なら、自分に害のある生き物や、自分が生きていくために必要な生き物は殺してもいいんじゃないか。そういう発想に至ります。」
「そんな、」
「馬鹿な、と思うでしょう。けれど、そんな術師は多くいます。この世界に入りたての弱い術師を殺してまわる人も、少数ですが存在するんです。」
「弱いというだけで、仲間を殺すんですか?」
「その“仲間”という定義さえ、揺らいでいくんですよ。それだけ、アヤカシを祓うことは価値観に変化をもたらすんです。」
「.......私にそこまで関わって欲しくない、と?」
「憶測ですがね。それに....」
「?それに?」
「いえ、なんでもありません。それより、もうすぐ着きますよ」
「おい!遅いぞ」
「ご、ごめんね」
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「雑魚じゃねぇか!!くそ、姉さんめ。騙したな。」
『ヤ、ヤメテ、コロサナイデ、ナンデモスルカラ、』
「我、式を統べるもの。汝、その呼びかけに応え、我に従え。来い、犬神」
『...こいつ、殺していいのか?』
「あぁ、いいぞ。最近お前ばっかり呼んで悪いな。」
「今、交久瀬くんは誰と会話を?」
「あぁ、犬神ですよ。彼と式神は.....強い絆で結ばれていますから。」
「式神使いの人と式神は仲が良いんですね」
「いえ.....彼は特別です。ほとんどの術師は、式神と仲睦まじく会話なんてしません。相棒のような長い付き合いの式神とはある程度の会話をする人は多いですが、手数を増やすために使役した式神とは、出来るとしても、わざわざ会話をするなんて、契約の時以外しないでしょうね。」
「特別?」
「伊織くんのように、式を家族のように大切にしている術師はとても珍しいですから。大抵の術師は道具としか見ていません。」
「そ、そんな...」
「カ、カタクセ、カタクセ、ソンナ、コワイ、ヤメテ、ヤメテ、」
「な、何を、?」
「交久瀬という名前に、怯えているんですよ。彼ら姉弟は良い意味でも悪い意味でも、有名ですから。畏怖の対象なんです。アヤカシにとっても、霊媒師にとっても。........あなたも、できるだけ交久瀬の名は呼ばない方がいいですよ。霊媒師の中では、嫌がらせ以外に交久瀬の名を口にする人は居ません。」
「か、交久瀬くんって.....あの姉弟って、一体......」
「あなたがこのままこちら側に関わるのなら、いずれ文月さんが話してくれるでしょう。こちら側のことも、あなたの能力のことも、それに...........伊織くんのことも。」
「..............」
『あの娘、前もいたな。何者なんだ?』
「美澄千歳。誘惑者だ。」
『誘惑者....皐月と一緒だな。』
「お前といい姉さんといい、すぐあいつに繋げたがるな。」
『それはお前もだろ?伊織。あいつとはこれからも付き合っていくのか?』
「なんでそんなことお前が聞くんだよ」
『俺のことを大切にするやつかどうか見極めないといけないだろ?皐月はよく撫でてくれた。』
「........美澄も、犬は嫌いじゃないと思うぞ。けど、あいつとこれからも付き合っていくかどうかは、あいつ次第だろうな。」
『お前は不器用だな、伊織。』
「別に、そんなことない。」
『.....大丈夫さ。お前は上手くやれてる。千歳のこと受け入れてやれよ。』
「突然なんだ。受け入れるってなんだよ」
『あの子はまだ皐月と違って戦う力が無い。でもいつかは欲しがるだろう。そんな時、お前はわざと冷たくしてこちら側から追い出そうとするだろうな。』
「んなこと、」
『あるだろ。何年一緒にいると思ってるんだ、分かるぞそれくらい。それをやめて、彼女のやりたい事をさせてあげたらどうだって言ってるんだよ。』
「.............はぁ、お前には勝てないよ。......................分かった、検討しとく。」
『素直じゃないな。それと、榮にも多分バレてるぞ。千歳を踏み込ませないようにしようと思ってること。』
「なっ、」
『榮は鋭いからな。お前の嘘なんて、簡単に見破られるんじゃないか?』
「はぁ.......どいつもこいつも、俺をそんなにいじめるなよ。」
『まぁまぁ、好きだから構いたくなるんだよ。.................それはそうとして、伊織。さっきのやつ、』
「あぁ。術式付与の痕跡があった。やっぱり幻術か。」
『文月に報告しとけよ。』
「分かってるよ。黙ってたらあとが怖いし。」
『じゃ、俺はもう戻るぞ』
「あぁ。ありがとう」
「これで任務は終わりです。あとは僕にお任せを。」
「あぁ。頼む。」
「何を任せるの?」
「後処理。光明は仕事の中継役以外に、後処理とかも担ってる。」
「大変だね.....」
「あとは榮に任せて、帰るぞ。」
「あ、うん。」
知らなかったことを教えられ、見えてきた自分の甘さ。弱さ。
それをなんとかしたいと、思ってしまった。
榮さんの言う通りだ。
自分でも、戦える力が欲しい。
《ピリリリリリリリ》
「もしもし。終わったよ。なんで美澄を連れて行けなんて言ったんだよ。え?内緒?......わかったよ。で、なんで電話してきたんだ?え?美澄?」
「ん?どうしたの?」
「姉さん。お前に変われって。」
御守りから通信出来るとか言ってなかったっけ?
「もしもし。美澄です。」
【やあ。文月だよ。榮とたくさん話をしただろう。】
「はい。色々教えてもらいました。」
【....変わったことはあるかい?】
「はい。私は、交久瀬......あなたたち姉弟について、この世界について、そして........伊織くんについて、もっと知りたいです。」
【後戻り出来なくなるとしても?】
「はい。元から戻る気は無いので。」
【ふふっ、そうか。君は、伊織のことが好きなのかな?】
「い、いいいいえ、私は、その、えと.........友達です。とても大事な。」
【へーえ、伊織にも友達が出来たか。...........もうすぐ、君は私達の家に来ることになるだろう。その時に、君が気になること、たくさん私が話してあげる。その時まで、伊織のことを観察するといい。】
「か、観察.....ですか........」
【伊織を少しでも知ることが出来るかもしれないよ。あいつは何かを隠すのが案外下手だから。】
「そうですか......」
確かに、自分の気持ちとか隠す気無さそう.....
【明日からも仕事が入ってるんだ。伊織と一緒に行ってくれるかい?】
「はい!」
【ありがとう。伊織も喜ぶよ。】
喜ぶかな....?嫌がる気がするけど.....
【伊織に変わってくれるかな。】
「はい。伊織くん。」
「もしもし。」
【報告は?】
「祓ったアヤカシに、術式付与の痕跡があった。首吊りの影ってのは、多分幻術だ。」
【ほーう、術式付与、ねぇ。幻術なら、大したことないか。伊織、明日も仕事がある。】
「連勤にも程があるって.....」
【大丈夫。明日はお前の相棒も一緒だよ】
「は?相棒?そんな奴いな、」
《ツー、ツー、》
「切れたし.......」
「あの、伊織くん。明日からの仕事も私が着いていくようにって文月さんが.....」
「あぁ。そうだろうな。明日の事はまだ何も聞いてないから、帰って姉さんから話されたらまたそれに声かけるわ。」
「わかった」
........ん?あれ?なんか口調が優しい、?
「......あれ、お前、伊織って呼んでたっけ?」
「榮さんが、交久瀬とは呼ばない方がいいって」
「あぁ、」
「あと、私が呼びたくなったから。」
「な、何言ってんだよお前。」
「あれ?ちょっと赤い?」
「赤くねぇ。ばっ、こら見んな!早く帰るぞ!」
「え、ちょっと待って!」
私たち、ちょっとは仲良くなれたのかな?
伊織くんのこと、ちょっとは知れたのかな?