03話 能力
「はぁ......なんでこんなことに.......」
心霊スポットへの道のりの最中、交久瀬 伊織くんは肩を落とし、魂が抜けたような顔でため息をついていた。
「ご、ごめんね、交久瀬くん、」
【千歳ちゃんが謝ることじゃないよ。これは伊織の仕事だからね】
「そ、そうですか.....」
面白がっているような声で文月さんはそう言うが、見るからにやる気の無い交久瀬くんを見ているとそういう訳にもいかなかった。
それにしても高校生が仕事なんて、家業かなにかだろうか。
心霊スポット巡り?悪霊退治?
___________________________
「ここ、か。」
「そ、そう。旧天ヶ瀬トンネル。」
目の前にそびえ立つトンネル。奥深くに続く暗闇に吸い込まれてしまいそうで、なんだか気味が悪い。
「1体か。」
「え?」
しかめっ面でトンネルの暗闇を見つめた後に交久瀬くんはそう呟いた。
【さっき見たバケモノだよ。このトンネルにはあと1体いるようだね。】
交久瀬くんも文月さんも、淡々と状況確認を進めていく。
この中にまだバケモノがいるなんて、私には考えただけでその場に座り込んでしまいそうな程の恐怖だった。
保健室で見たあのバケモノが思い出される。
私を食べようとしたバケモノ、
またあんなのに会いに________
「ほら、さっさと行くぞ。」
「あぁ、.....................はい。」
ズンズンとトンネルの奥へ進んでいく交久瀬くん。
その背を追いながら、私は恐怖に震えていた。
怖い。気を抜いたら全身の力が抜けて崩れ落ちてしまいそう。
【千歳ちゃん。伊織のそばを離れちゃいけないよ。】
「は、はい。でも......」
「大丈夫。伊織は守ってくれるよ」
私を安心させるためか、文月さんは電話から落ち着いた声でそう言った。
ほ、本当かな......さっきからため息しかついてないけど....
けれど、私には交久瀬くんに必死に着いていくことしか出来ない。
そんな自分に、少しだけ劣等感が湧いた。
奥深くに進んだ時、それは現れた。
【伊織。】
「あぁ。」
「う、うそ、」
交久瀬くんが突然立ち止まると、その数十メートル先には学校で見たのとは比べ物にならないくらい大きなバケモノがいた。
そのバケモノは学校で見たものよりも遥かに醜い容姿をしていた。
トンネルの幅いっぱいの身体は、黒い影のようなものをまとっている。暗闇との境界線が曖昧で、どこまでがバケモノなのか分からない。
保健室のやつのように意味のわからない形ではなく、実在している色々な生物が混ざり合っているような________
「あんまり観察すんな。今のお前じゃ持っていかれる。」
相変わらずの落ち着いた冷たい声でそう言いながら、交久瀬くんは私の目を塞いだ。
持っていかれる________
交久瀬くんに声をかけられるまで気付かなかった。
私は今食い入るようにバケモノを見つめていて、
バケモノもこちらを見ていた。
意識を持っていかれる、ということだろうか。
【ほう、これは大きいね。大物かな?】
「........気付いてたろ。姉さん。」
【はて、何の話だか分からないね。ほらほら伊織。早く祓わないと。】
淡々と言葉を交わす2人。どうしてそんなに落ち着いていられるのか分からなかった。
何の話だか1番わかってないのは私だよ.................
こんな大きいバケモノ、どうやって..............
「分かったよ.....」
「か、交久瀬くん?」
交久瀬くんは、面倒臭い、とも言いたげな表情で、だるそうにゆっくりとバケモノの方へ近づいていく。
『ニンゲン、クウ、クッテヤル。ガァァァァァァァァ』
近づいてくる交久瀬くんに怒ったように、バケモノは雄叫びを上げて大きな腕を振り上げた。
[止まれ。]
ピタッ
交久瀬くんが喋った瞬間、バケモノの動きが止まった。
そういえば、保健室でもそうだった。
『死んで。』と交久瀬くんが言った瞬間バケモノの身体は消滅した。
「ケホッケホッ、喉いてぇ、」
『ナ、ナンデダ、ナンデウゴカナイ、』
「あ、あれは一体.....」
【あのバケモノは、私達の間では“アヤカシ”と呼んでいる。そのアヤカシを祓うのが、私達“霊媒師”の仕事だよ。】
静かに、一つ一つ、落ち着いた声で文月さんは私に説明している。
こいつらはアヤカシで、交久瀬くんたちは霊媒師.............
簡単に理解できることでは無いことだけは理解していた。
交久瀬くんは真剣な表情になったかと思うと、右手を前に出し、血を垂らした。
すると、魔法陣のような物が浮かび上がった。
「我、式を統べるもの。我を救けるものよ。汝、呼び掛けに応え、我に従え。」
落ち着いた声で、そう唱えた。
「あれは、?」
【あれは式神を呼び出そうとしているんだよ。伊織は言霊使いであり、式神使いでもあるんだ。式を使役し、従わせている。】
当たり前というように説明する文月さん。
私の頭は既にパンク寸前だった。
式神?言霊?
そんな、漫画の世界みたいなこと________
あるわけが無い。そう否定するには、あまりにも非現実的な事が起こりすぎていた。
「犬神。来い。」
交久瀬くんがそう言った瞬間、陣の中から白い大きな犬が姿を現し、遠吠えをした。
【犬神は伊織との付き合いが1番長い式神だ。相性抜群の式神だよ。】
正直理解は出来なかったが、認識はすることが出来た。
「________式神って、弱いものほど使役しやすい、とかあるんですか?」
漫画の中の世界なら、と思いつい質問をしてしまった。
【あるよ。.........................犬神は弱くないけれどね。】
________顔は見えていないのに、文月さんが笑っているように感じた。
勝ち誇ったような、嬉しそうな顔で。
「犬神。喰らい尽くせ。」
言葉の強さとは裏腹に、交久瀬くんの声色はまるで覇気がなく、早く帰りたい、と思っているような気だるげな声色に聞こえた。
『ゴ、ゴメン、アヤマル、モウニンゲンタベナイ、ヤクソクスル、』
負けを悟ったのか、バケモノ______アヤカシは、震えながら涙を流し許しを乞う。
「どうせ嘘だろ。........まぁ嘘じゃなくても逃がす気は無いさ。こいつへのご褒美が無くなるからな。」
どうでもいい、という顔で、淡々と言葉を発していた。
そして、犬神へ
喰っていいぞ、という合図を出した。
『ヤ、ヤメロ、』
グチャ、グチャ、
最後まで、やめて、と口にしていたアヤカシを、犬神は躊躇なく喰いはじめた。
「うっ、」
【少々グロテスクかもしれないが、慣れておいた方がいい。千歳ちゃん。君はアヤカシを呼び寄せる力がある。こんな場面にもこれからよく出くわすだろう。】
「呼び寄せる....って、」
耳を疑った。
信じたくなかった。
やっと、終わったと思ったのに。
これからも、あんな化け物に追われ続ける。
「そーゆー体質を持ってる人間が稀にいるんだよ。」
お疲れ、戻っていいぞ。と犬神に指示を出しながら、交久瀬くんは私の方へ近づいてきた。
「交久瀬くん、」
「アヤカシホイホイみたいなもんだ。」
恐ろしいことを涼しい顔でスラスラと綴る。
話が難しくて頭はもう着いてこれていない。
それに加えて、私はこれからアヤカシに狙われ続けるという恐怖。
気が気でなかった。
【さて、伊織。わかってると思うが、千歳ちゃんの事は明日から伊織が守るんだよ。】
さっきと同様、楽しそうな声で文月さんはそう言った。
「はぁ!?」
交久瀬くんはまた嫌そうな顔だ。
【何を驚いてるんだ。千歳ちゃんはまだアヤカシと戦うほどの力が無い。私達が守らなきゃ誰が守るんだ。】
「姉さんが守ればいいだろ。」
【私は他の仕事で忙しいんだ。それとも何だ?私の仕事を伊織が変わりに引き受けてくれるのかい?】
「..............分かったよ。守ればいーんだろ。守れば。」
渋々、という顔で了承し、私を見つめる交久瀬くん。
【よろしい。では、帰ろうか。伊織、しっかり千歳ちゃんを送るんだよ。】
「分かった。ほら、早く行くぞ」
「ま、待って!」
満足気な文月さんと、不満気な交久瀬くん。
私はこの日、この人達と、化け物と出会い、世界の裏側へと踏み込んだ。
それが私にとって幸か不幸か、私にはまだ分からない。
ただひとつでも得られるものがあれば良いと、軽く考えていた。
そんな甘い世界ではないとも知らずに。
今はただ、交久瀬くんが明日からも私を守ってくれることを喜んでいたい。
そう思った。