春につづく道(3)
アニスは、木漏れ日のそそぐ小さな部屋でレヴィアと向かい合っていた。
これまでと同じように細い声で童話を読んでいたが、彼女の頬には薄い影が落ちていた。あまりにたくさんのことが起こり、神を模した光と相対し……
何より、事件を通して得た事実が新しい苦しみを与えていた。
おそらくレヴィアは、素質を失っていく中でランドレンの研究の噂を耳にしていたのだろう。あるいは、誰かに誘いを受けたのかもしれない。
彼は正しい道を選んだが、先に待っていたのはこの場所だった。最後の会話が何度もよみがえる。
“君のようにありたい。僕が僕でなくなったとしても……”
みずからの存在が彼に正しさを強いたことを、彼女は悟っていた。
物語をつむぐ声に隠し、問いかける。
私は、あなたを不幸にしたのでしょうか?
ひとつの話を読み終え、ふと目を上げたとき。
心臓が鳴った。
レヴィアの大きな瞳。もうずっと風の吹きぬける穴のようだった目に、何かかすかな感情が浮かんでいる。
彼が私を見ている。
アニスはとっさにこう思った。拒絶でも怒りでもいい。どれだけ責められても構わない、心を示してくれるなら。
しかし、息をつめて見守る前でレヴィアの目はふたたび遠くなっていく。
いま話さないといけない。アニスは強烈な焦燥を覚え、震える手で童話集を閉じた。
「……本は、やめましょう」
しかし、彼に何を伝えよう?
迷いながら、自分自身に急かされて口を開く。
「風が。まだ、冷たくて」
今日ここまで、疾風号ときた道を必死に思い返す。
「……けれど、竜に乗るとよく見えるんです。あとほんの少しゆるめば、すぐに次の季節が」
ライムブロッサムの枝先には小さなふくらみが、雪の残る道にクロッカスの頭が出で来る。
誰かが気配に足を止めたなら、それは一気に花開く。
「レヴィア。私はあなたと新しい春をむかえられる。それだけなのに……」
謝罪や懇願は消え去った。
言葉になったのは、本当の気持ちだった。
「それだけで、こんなにも幸せなんです」
微笑んだ瞳から涙がこぼれた、その時。
病んだ男の腕が小さくあがり、乾いた手のひらにしずくを受けとめた。
ジャンシールは、力強いまなざしで女神サイデアを見つめた。
石像の崩れた翼は修復されていたが、顔にきざまれた深い亀裂だけが消せなかった。
傷はあの夜を残しつづける。片目から落ちる涙の形をとって。
今や女神はその微笑に哀れみをたたえ、足もとにすがりつく小さな者たちを見下ろしていた。
だが彼は目をそらさない。ここで祈る誰もが同じだろう。
教会を出ると大きな雲が割れ、鮮やかな青空がのぞいていた。この抜けるような色を見るのもあと少しだ。
時は流れている、俺たちの世界に何があっても。
「さあ、行こう」
誰にともなくつぶやきジャンシールは歩き出した。彼を受けいれた大いなる家であり、心の向かう場所……
エーテルの子らがつどう、はてなき魔導の舎へ。
( 完 )
“エテルメイズ 30から零度まで” は完結いたしました。
ここまで読んでくださったすべての方にお礼を申し上げます!
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
また新たな作品でお会いできたら嬉しいです。




