春につづく道(2)
モロワ所長の帰還から少し後、ジャンシールはイェリガルディンにきて四度目の年越しを迎えた。
“マルスの天井亭”での新年の祝いはささやかに行われるはずだったが、一風変わったものになった。
赤い制服の一団が前ぶれもなくやってきたからだ。
「何をそんなに驚いている? 憲兵が休息して悪いか」
と、部下を引き連れたゼルガーが、固まる先客たちをじろりと見渡した。
事件の後始末で駆けずり回っていた小隊長は目の下にくっきりと隈を作り、いかにも不機嫌そうだった。
静まりかえる店内も気にかけず、おかみさんが陽気な声を上げる。
「ああら、誰さんだって大歓迎ですよ! 年明けから繁盛して幸先がいいったら、さあこちらへどうぞ……」
彼が席につくと、横からジャンシールが「よう」と顔を出した。
「そろそろ昇格かい? 隊にしちゃあんたのお手柄だったろう」
ゼルガーは噛みつくように顔を向ける。
「ばか言え! 総隊長にはにらまれる、内々には溝ができるで肩身がせまい。お前のせいでもあるんだからなブルネリア……」
魔導士だらけの卓を見回した彼は言葉を切り、「騎竜兵がいない」と小さくつぶやいた。ジャンシールがにやりとして返す。
「会いたかったか? 残念だなあ、色々と」
「気になっただけだ、いちいちやかましい! おいお前たち、何がおかしい!?」
彼は忍び笑いをもらす部下へ慌ててふり返った。
すでにでき上がっているピオが、「われらが小隊長どのに!」と大笑いして杯をかかげる。それに和したジャンシールの前に、ロロがそっと皿を置いた。
「アニスさん、向こうにいるんだよね」
「ああ。ともに過ごすべき人と……」
二人は、彼女を思って微笑みを交わした。
イェリガルディンは、たくさんのできごとを抱いて冬のもっとも深いところを通り過ぎた。
礼拝堂でひたむきに祈りを捧げる魔導士を、ウォルメリ司祭は遠くから見守っていた。
よき若者だ。
道はまだまだ長く、先に苦難も待つだろう。しかし彼なら乗り越えていける……
このときジャンシールは、シーダの魂が夜空に上がれるように願っていた。
少し前、彼女は灰になってこの地に帰ってきていた。罪人としては特例的で、所長からいきさつを聞いたジャンシールは驚いた。
「コレット行政官が?」
「ええ、彼のたっての願いだと。あの少女は、イェリガルディンをとても気に入っていたそうです」
はるかな平野とりんご並木、人がつどうライムブロッサムの広場、優しい色合いの石畳。歪んだ教義に染められた少女の目にも、北の都は美しく映っていたのだ。
不可解な圧力がはたらき、コレット自身が罪を問われることはなかった。
しかし彼が戻らないまま新たな行政官が着任し、その後を知ることはできずにいた。巡礼の旅に出たとの噂がどこからか流れ、それきりだった。
それが合図だったかのように、秋から続いた騒動はいったんの落ちつきを見せた。
ジャンシールとアニスの調査も完了となり、二人はそれぞれの居場所へ戻ることになった。別れの挨拶を交わしたのはつい昨日のことだ。
「竜たちによろしく。それじゃあ、また会おう」
大樹の前で向かい合い、彼は万感を込めて手を差し出した。
アニスはその手をとらなかった。
代わりに、まぶしいくらいの微笑みを返し、包み込むように彼を抱きしめた。
「わが友ジャンシール! ともに働けたことを誇りに思います」
彼女の腕はとても優しく温かで、ジャンシールは「止せよ!」という台詞を飲み込んだ。
「こちらこそ、心は同じだ……」
親愛の情を全身にうけ、彼は照れながら目を閉じた。
礼拝堂で祈りを終え、ジャンシールは顔を上げた。
別れの前にアニスから打ち明けられたことがある。
彼女の大切な友人・レヴィアが精神の均衡を失った理由と、それに関わるひとつの推測について…… しかし、それを確かめるのはずっと先の話だろう。
今日、アニスは彼に会いに行くと言っていた。しっかり祈ったぞ、とジャンシールはうなずく。
ふたりの時間が、嵐の残響におびやかされることなく、穏やかで豊かなものであるように。




