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春につづく道(1)

 雪ふかい新年をむかえ、一月(ひとつき)半が経とうとしていた。

 厚い雲を割って陽が射してくる午後、ジャンシールは礼拝堂を訪ねた。回廊に踏み出すなり、彼を見つけて歩み寄る者がある。

「これはジャンシールさん、お久しぶりです!」

と腕を広げたのは、懐かしきウォルメリ“司教代理”だった。

 フードを下げたジャンシールが笑顔で手を差し出す。

「お戻りになったと所長から聞きまして。司祭服じゃなくて法衣を召されてはいかがですか? きっとお似合いになる」

 いたずらっぽく問われ、ウォルメリは「いえ、私はただのつなぎ役ですよ」と慌てて首を振った。そして魔導士の手をとり、

「女神サイデアにつかえる者として、心からお礼を。あなたは勇敢で正しい行いをなされた」

と誠実に告げる。

 ジャンシールは穏やかに微笑んだ。

「俺の力じゃありません。一人じゃ何もできなかった……」



 彼は、同じ言葉をモロワ所長にも伝えていた。

 年の暮れの間際、王都の裁定会から帰った彼女はまっさきにジャンシールを呼びつけた。ランドレンたちに裁きが下るのはかなり先になる、と彼女は言った。

「首謀者がひとつも語らず、では時間がかかるでしょうね。過去を探ろうにも、彼が何者なのかわからないのですから」

「わからないってどういうことです? 司教にまでなった人物だ、身元は間違いようがないでしょう」

 眉を上げたジャンシールに、モロワ所長は「彼の出自は(いつわ)りでしたよ」とかぶりを振った。

「確かに、ランドレンという家柄は存在しました。最後の代にアーシュミットという名も記されていたのですが…… この男子は成人前に世を去っているとの記録が新たに見つかったのです」


 没落貴族の離散に居合わせた、何者でもない少年。

 高い魔法素質を持つ彼は、死んだアーシュミットの名を奪い、高名な魔導士になることを目指した。それこそが我々の前にいるランドレンの正体ではないか、と裁定会は推測しているという。

 ジャンシールは複雑な思いで彼をふり返った。

 神のごとくエーテルを従えていた姿と、少女の亡骸を抱いて立ち尽くす姿。それはカードの表と裏のように何度もひるがえった。

 本当は何を求めていて、誰になりたかったんだろうか。



「王都近郊に、協力者が複数いた。いま分かっているのはここまでです。かなりの長期戦になるわね」

 報告書をめくった所長はため息をついた。

 わずかな手がかりが祭壇の小部屋に残されていた。

 イェリガルディン迷宮の古地図や、はるか昔に途絶えたエーテル研究の記録。素質を失いはじめたランドレンがどこかでこれらに出会い、完成させたのだろう。

「魔法等級の計測技法と、素質の授受…… いえ、収奪法ね。とんでもないものを残してくれたものだわ」

と、所長がこめかみをさすった。

 術法の解明調査は今も進められている。水晶と金属の奇怪な構造物を思い出し、ジャンシールがつぶやいた。

「火種になります。力を求める者は、これからも……」

「絶えないでしょうね。しかし存在を知った以上、対処するのが私たちの責務です」

 モロワ所長の大きな目は遠くを見つめている。ギルーと、それにノーリックのことを考えているのだとジャンシールにはわかった。



 裁定会で厳しく責任を問われた彼女は、一切の釈明をしなかった。

「当然のことです。私は、あなたがたに正しい魔導の道を示せていませんでした」

 勾留されているノーリックと顔を合わせ、モロワ所長は静かに告げた。鉄格子のむこうにいる彼は記憶よりずっと小さく、弱々しく見えた。

 彼は粗末な椅子に座ったまま低く言った。

「……道はそれぞれが探すものですよ。俺は無限の力を、可能性を選んだ。間違ってなんかいない」

「いいえ」

と強い言葉が返される。

「真の可能性は外に求められず、内にこそ見出だせるのです。あなたが道を戻ってくることを、私たちはいつまでも待っています」

 ノーリックの答えはなかった。

 扉が閉まり、錠が下ろされる重い音を背に覚えながら、彼女はイェリガルディンに帰ってきたのだった。


 ジャンシールが、沈んだ空気を払うように肩をすくめた。

「首がつながってよかった。あんたがいなくなったら誰が俺の石像を建ててくれるんです、庁舎の一番高いところに?」

「残念だわね英雄閣下、そんな予算はどこにもありません」

 帳簿をつつきながらモロワ所長が返す。「ひどいな、あんなに頑張ったのに」と部下が笑うのを見て、彼女はしみじみと付け足した。

「像など建てなくとも、みなの心に刻まれましたよ」

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