セレスタン教会(1)
「定時だっていうんだぜ、ていじ!」
「居残って調べたのに空ぶりだったって? 初日からえらい苦労したねえ」
友人のピオが、薄い眉を下げて人のよい顔を向けた。ジャンシールは「まったく、先が思いやられる」と太陽をあおぐ。
二人は庁舎の屋上で午後の休息をとっていた。
見渡せるのは都の中枢だ。
そこは大きく開けた広場になっている。ライムブロッサムの大樹を真ん中に、女神の教会、町づくり役の行政庁、そして魔導庁がそれぞれ距離を開けてそびえるという形だ。
周りを囲むのは町の屋根たちの長閑な連なり。そのいずこにも絶え間なくゆらめくエーテルが感じられる。イェリガルディンはそんな場所だった。
寒気を嫌う象徴樹は風に吹かれるたび葉を落とす。
鳥の群れが一斉に飛び立ったのを眺め、ピオが「でもほら、まだ事件って決まったわけじゃないしさ」と友の背中を叩いた。
「ひょっとしたらふらっと帰ってくるかもよ。それか、嫌なことがあって書庫か貯蔵庫に隠れてるとか?」
明るく笑う彼は小枝のように細く、どこまでも長い。
そのくせ見事な丸顔で、オレンジがかった金髪を頭の上にちょこんとまとめているので、遠くても近くてもタマネギのカカシにしか見えなかった。庁を辞めたら畑に立てばいいと仲間うちでは評判だ。
ジャンシールにとっては大事な魔導の仲間でありもっとも気の置けない友人…… 言わば、りんご酒を分かつ間柄でもあった。ピオの推理を聞き、素直にうなずき返す。
「その通りになってほしいな、ご帰還で終われば幸せな拍子抜けだ」
「ま、仕事は焦らずしっかりさ。そろそろ時間だ黒猫さん、かわいいあの子が待ってるよ」
「そういう冗談は通じないんだ。昨日見たからわかるだろ……」
と、ジャンシールは渋い顔で階段を下りていった。
彼は相棒を思い浮かべる。
端整で平静で、表情のない顔。あれじゃあ使徒像の代わりに台座に据えたって気づかれないかもしれない。
また竜舎まで迎えに行かなくてはいけないと思っていたが、アニスは魔導庁の前で彼を待っていた。
昨日は定時、今日は先取り。驚きながら歩み寄ったジャンシールは、「おっと!」と目を丸くした。
「帽子はどうした? 竜のおやつになったのか」
「忘れました。少し急いだもので」
相もかわらぬ一本調子だったが、まとめ損ねた一筋の髪が風になびき、彼女に人間味を与えていた。
ジャンシールはフードの中から彼女を見上げる。今ならちょっとした冗談も許される、か?
「……何か?」
「何でも!」
氷のような視線を返され慌てて首を横に振る。
前途多難は揺るがず。ジャンシールは、ひやひやした気持ちのまま「それじゃあ始めよう、いざセレスタン教会へ……」とつぶやきそそくさと歩き出した。




