瞳に終焉をうつして(1)
イェリガルディンの町が揺れた。
天の風と、エーテルの波動。ぶつかり合うことのない二つの力が、それぞれの領域から町をおびやかす。
教会を目前にしたピオは、耳の上に刺すような痛みを覚えて立ちくらんだ。先を行く憲兵も「何だ!?」と頭を押さえる。
必死に顔を上げたとき、礼拝堂の天窓からカッと光の筋が伸びた。
「だめだ、急がなきゃ……」
ジャンシールがそこにいると確信し、なんとか進もうとするピオだが、ついに頭が破裂しそうになって石畳に崩れ落ちる。
「おい、大丈夫か!」
憲兵が駆け寄った瞬間、とてつもないエーテルがひと息にあたりを走り抜け、彼もまた膝をついてしまった。
礼拝堂は強烈な光に満たされていた。
中心にいるのはランドレンだった。
白い輝きに包まれた今、大いなる神秘の力が我がものになったと知り、彼は勝利の悦びに声を上げた。
言葉は音なき光の刃となり空中を暴れまわる。ゴゴゴ、と地鳴りを起こして礼拝堂全体が震えた。
明らかに異常だ。ランドレンは自分を見失いつつある……
アニスはぞっとなって手綱を繰り、光に追われて柱の陰へ飛び込んだ。
「アニス!」
そこにはジャンシールがいた。やっと立ち上がり、必死な表情で腕を伸ばす。
彼女は竜の上から応え、ふたりは固く手を取り合った。
「ジャンシール……!」
アニスは目を見開き、声を詰まらせる。
魔導士はぼろぼろだった。片脚を引きずり、いつものマントはどこかに消え、髪も顔も煤で汚れきっている。
彼女は一瞬だけ目もとを潤ませたが、一つ先の柱に進んだゼルガーを見とめ、表情を引き締めた。
「ランドレンを正気に戻さなくては。本体を押さえるしかありません」
「ああ! しかしひどい光だ、これじゃ目が効かない……」
とあたりを見回したジャンシールが、ふいに表情を失った。
「ジャンシール、どうか?」
異変を感じたアニスが鞍を下り、彼の肩に触れる。それは細かく震えていた。緑の瞳が光に荒れる礼拝堂をさまよう。
彼は愕然としてつぶやいた。
「エーテルが、消え……」
違う。
消えていくのはエーテルじゃない。俺の魔法素質だ。
当たり前にあった魔法の流れはどんどん薄くなって、ただ光だけが輝いている。全身の血が急激に冷えていった。
“協力すれば、素質が受け取れる……”
固まりかけた頭にノーリックの言葉がよみがえる。ジャンシールはハッとアニスを見上げた。
「術法の完成……! 素質が奪われてる!」
「何ですって!?」
彼の悲鳴を受け、アニスも信じられないという声を上げた。
見えていた世界が変わっていく。
ジャンシールは湧きあがる恐怖に飲まれかけていた。
そこへ、
「ふん、欲張りめ。いくらでもくれてやる!」
とゼルガーの毒づく声が響いた。少しの素質を持つ彼にも同じ変化が起きていたが、己を鼓舞して二人にふり向いた。
「エーテルが見えなくてもランドレンは叩ける。行くぞ、クウィント隊員!」
呼びかけられたアニスは心を戻し、魔導士の手を強く握った。
「ええ、共にいま成すべきことを! ジャンシール、あなたは疾風と一緒に」
と手綱を渡す。
「私と小隊長が先に出ます。しくじった時は、後を頼みます」
彼女は、シーダから取りあげたナイフを差し出した。ジャンシールは「……わかった!」と決心し、助けを借りて鞍に上がる。
最後にふり返ったアニスが、力強く告げた。
「終わらせましょう、ここで」
彼女が柱を離れたそのとき、ドウッと駆け上がった光が高い天井をつき破った。
梁が割れ、大きな木片が次々落ちてくる。いよいよ時間がなかった。
「小隊長、遠雷号を腕に。私のいる方向を示します」
やってきたアニスに小さな鉄色の竜を乗せられ、ゼルガーは青ざめつつもうなずいた。それを見届けて、アニスが光の中へ飛び込んでいく。
破れた屋根から寒風が駆け降り、木や石の破片が舞い上がる。三人は呼吸もできないような狂乱に包まれて災いの源に向かっていった。
そっと入りこんだ影に気づくものは、誰もいなかった。




