滅びの光明(4)
礼拝堂に浮かぶ女神が、優雅に手を差し伸べてきた。
絶え間なく波うつ髪、流れにふちどられ輝く微笑み。それは信じられないほど美しく、恐ろしかった。
たおやかな光の指先でエーテルが揺らめいた。
そこに激しい熱が生まれていくのを見てとったジャンシールは、人知をこえた魅惑から醒め、身を返して叫んだ。
「だめだ、下がれっ……!」
そのとたんに火球が放たれた。彼は、シューッと鳴る光を悲鳴も出せず飛び避ける。すぐそばの長椅子が真っ二つに割れ、黒焦げになってくすぶった。
生き残った椅子の裏に、蒼白になったゼルガーが飛び込んできた。
「おい、あれはどういう魔法だ!?」
「俺に聞くな! ただ石像が媒介なのは間違いない、司教をあそこから離せれば…… 疾風号は!?」
と見回すと、竜は遠い柱の陰にちぢこまり、身動きが取れずにいた。
ゼルガーが魔導士の頭を押し下げる。
「あの図体ではいい的だ。仕方ない、二手に分かれて一気に……」
ヒュッ、という細い音が聞こえて言葉が途切れる。
間髪入れず目の前に雷光が落ち、彼らは泡を食って左右に逃れた。
ジャンシールの心臓は、凍れる恐怖と燃える使命感で激しく脈打っていた。
いま司教を止めなくては、大変なことになる。かがみ込んだまま手早くマントを脱ぎ、残骸に隠れてにじり寄っていく。姿の見えないゼルガーに心で呼びかけた。
さあ、きっとお前が合図するんだろう、小隊長!
思ったとおり、光の雨が止んだ瞬間に「用意、前進!」と号令が響いた。彼らはがれきの陰から同時に飛び出し、女神像めがけて一直線に走った。
「おやおや、なんとも勇敢なことだ……」
楽しげにささやいた司教は、一瞬おいて魔導士に狙いをさだめる。
石像に触れる手に意識を集めると、中空におどった女神が翼をはためかせ、ひときわ大きな火球が弧を描いた。
ジャンシールはとっさに前方へ跳び、身をかわす。しかし直撃を受けた石の床が勢いよくはじけ、破片が脚につき刺さった。
「ぐっ……!」
彼は低くうめいて崩れ落ち、その場に転がった。
「ジャンシール!」
声を上げたゼルガーの隙をつき、あたりに大きな雷が広がった。
かばい損ねた頬を刃のような熱が走り抜ける。反射的に上をあおげば、大いなる力が小さきものたちを見下ろし、あざ笑っていた。
「くそっ!」
彼は這うように身をひるがえしてジャンシールに駆け寄った。必死に引きずっていくと、流れ出た血が跡を描く。
二人はなんとか柱に隠れたが、仲間の傷を確かめたゼルガーは色を失った。
ジャンシールの膝下は、長くざっくりと裂けていた。本人は歯を食いしばって耐えているが、これでは走るどころかまともに歩けもしない。
「しっかりしろ。ブルネリアンの脚は強い、お前はそう言ったな!」
破ったマントで傷を縛ってやりながら、ゼルガーはめちゃくちゃになった礼拝堂を見回す。だが女神は目を光らせつづけ、疾風号もこちらに近づけない。
万策つきはてたか……
こわばった顔からいっそう血の気が引いた、まさにその時だった。
「アーシュミット・ランドレン!」
厳しい声が光をもつらぬき、台座の上の司教を射抜いた。
扉へふり向いた疾風号が喜びの声をあげる。
女神の輝きを正面から受け、アニス・クウィントがそこに立っていた。




