消えた男(2)
中心地にほど近い、入り組んだ一角のレンガ造りの建物だった。
入居人をたばねている年配の女は、もっぱら騎竜兵の方を見て質問に答えた。
「あの方ねえ、きちんとしてていい借り手でしたよ。愛想はなかったけど、私らはお家賃もらえればじゅうぶんですし」
「他の住人と何かなかったか? 反りが合わなかったとか、喧嘩したとか」
ジャンシールが尋ねると、ハラハラした様子の彼女は「まさか! うちは皆さんちゃんとしてます、入れる時によく見極めるから」とアニスへ向けて言った。
面白くない構図だったが、素直に聞き込みに応じてくれたのも制服を着込んだ相棒のおかげだ。わきまえている彼は横っちょから乗り出して質問を続けた。
住人にも聞き込んでわかったのは、あの日、ハドマント・ギルーはいつも通り日暮れ前に帰宅していたということ。それから日付が変わるころまで、出入りした様子も、大きな物音などもなかったという。
二人はギルーの部屋を見てみることにした。
鍵を差しこんだ女は、「月末までこのままにしときますよ。帰ってくるといいんですけどねえ」と肩越しにつぶやく。
その言葉とうらはらに、暗い結末を予想しているのが感じられた。
消えた男は、小さな窓のある細長い部屋で暮らしていた。一歩踏み入ったジャンシールは、
「こりゃすごい」
と思わずつぶやく。
几帳面だと一目でわかった。
薬草や香草が同じ形の壜に分類されてずらりと並び、続きものの書物は巻数どおり乱れなく収まっている。
飾り気はないが、棚の一角に翼を広げた女神像が据えられていた。石膏の安物ではなく美しい石の彫像だ。
研究熱心で、信仰心も申し分ない。
モロワ所長の評価は正しかったとジャンシールは考える。書き物机の上にやりかけの仕事は何も残っていないどころか、わずかな光さえ反射するほど磨き上げられていた。
「おっと、服まで真四角にたたんで…… ちょっと神経質だな。椅子の背に着せとけばシワにならないし楽なのに」
ぶつぶつ言っていると、アニスが「ペンが左側に」とつぶやいた。ジャンシールがふり向くと、彼女は机の天板を引き上げて中を改めているところだった。
「何かあったか」
「筆記具だけです、彼は左利きですね。個人の記録、日記のようなものがあればと思ったのですが」
相棒のやる気に触発され、ジャンシールが「いい考えだ、探そう!」と伸び上がった、ちょうどその時。
遠くから教会の大鐘が響き渡った。十六時と半分の合図……
するとアニスが天板を閉め、素早く戸口へ向いた。
「では、今日はこれで」
「なに?」
「定時です」
ジャンシールがぽっかり開けた口から言葉を出すより早く、騎竜兵はきびきびと立ち去った。
残された片割れへの慰めとして、女神の鐘が夕暮れに鳴りつづける。




