嵐の中心(1)
凍りついていたアニスの時間は、何かが落ちる“ぼとっ”という音で動き出した。
ハッと身をこわばらせた彼女だったが、やがて足もとに慣れ親しんだ気配を感じ、驚きと安堵に包まれた。
「遠雷号……!? どうやってここに」
竜は彼女の脚をのぼり、椅子の背を伝って肩までやってきた。胴のふちで鋭く伸びた鱗が、アニスの首すじに触れる。長い時間をかけ探し当ててくれたのだ、と愛おしさが込み上げた。
同時にひらめきが音を立てた。これは僥倖だ!
「こっちです、ここに来て!」
後ろに縛られた両手を動かすと、遠雷号はそちらへ歩き出した。
わずかに自由になる指でその身体を抱きとめ、尖った鱗に縄を押しつける。少しずつ、慎重に動かして……
やがて、プツッと縄が鳴って手がゆるんだ。
自由になった彼女は小さな救い主を胸に抱き、空いた手で目隠しを引きはがした。
素早く部屋を見渡す。
物はほとんどなかった。囚われていた椅子、ささやかな机。ランタンの光が照り映える白い石壁。その片隅にかがんでやっと入れるほどの木戸を見つけたが、手をかけてもびくともしない。
諦めて首をめぐらせると、暖炉の上に煉瓦ひとつ分の通気孔があった。遠雷号はここから入ってきたのだろう。
この部屋も外に通じている。そしてそこでは、ジャンシールが懸命に謎を追い続けている。
「ありがとう…… これが済んだら、たっぷりお礼をします」
アニスは愛情を込めて竜の背を撫で、引き締まった顔を上げた。
出口はひとつだ。
暖炉の火かき棒を引き抜き、扉に近づいていく。
思ったとおり外側から鍵かかけられていた。アニスは遠雷号を首のうしろへやり、壁際に張りついて静かに待つ。
機会は一度。だが、コレットと手下が一緒に戻ってきたら運の尽きだ。神経を研ぎ澄まして錠を見つめた。
その時は訪れた。
扉の向こうで、低いくぐもった音がした。誰かが荷物を床に置いたのだ、両手を使えるように。
鍵を差し込んだ。
金属が噛み合って回り、開く……!
視界に飛び込んできた手をひと息に引きつかんだ。
新鮮な空気が流れ込む。足もとで瓶が割れ、冷たい水がバシャッと広がった。
声もなく抵抗する相手を、夢中で壁に押しつける。捕まえた手首を握りしめたとき、細い骨格を感じた。この身体はとても小さい……
まるで子供のように。
アニスは違和感に動きを止め、相手を見た。ふり向いた顔に光がかかった瞬間、息を飲んだ。
「あなたは……!」
聖堂の少女シーダが、乱れた髪の間から彼女を見つめていた。
その青い瞳はいかなる感情も示さず、冬の果てのように冷たかった。




