交渉(3)
答えを出しておくように。
そう言い置いてコレット行政官は小部屋を後にした。
背後に控えていた者も、アニスに目隠しをつけたのを最後に離れて行き、あたりは静まり返る。
考えまいとすればするほどコレットの申し出が心に渦巻いた。その向こうには、彼女が求めつづけてきた遠い面影が微笑んでいた。
レヴィア。
エーテルを見、その神秘に心ひかれ魔導を志した、私の大切な人。
「療養? お父様、レヴィアに何があったのですか!」
抱えていた本を取り落としたアニスへ、父は重々しく答えた。
「魔導の力が衰えてしまったと聞いている。この半年ほど、訓練が思うように行っていなかったそうだ」
「まさか、そんなこと……」
アニスは蒼白になってつぶやいた。「うろたえるな」と厳しい表情の父がいさめる。
「今は回復を待つしかない。お前は学院の勉強に専念しなさい、そのうちよい知らせが届くだろう」
娘はその言葉どおりにレヴィアを待った。
しかし状況は上向かず、次第に彼の名前すら語られなくなっていく。一族がくだした暗黙の決定に気づいた時、アニスはもう何にも従わなかった。
そして再会は新たな絶望に変わる。
みずからの内で迷い苦しむレヴィアを守りながら、アニス自身も敵のない戦いを始めなければならなかった。
そのすべてを元に戻せる。彼は昔のように語り、笑い、優しく手を取ってくれる…… 今ここで、イェリガルディンを捨ててしまえば。
目の前の道は、はっきり二つに分かれていた。
「ジャンシール、無事だったか!」
探していた相手とはちあわせた瞬間、迷宮の薬屋は数十年ぶりに天に感謝した。
「ホーク!? 何してるんだ、こんな時に!」
と、大きな竜を引くジャンシールが声を上げる。
老人は「そりゃこっちの台詞だ」と肩を叩いてやり、用心深く路地裏を見回す。
「様子を見にきた。海どころか上ごとおかしいと……」
ここでようやく魔導士のうしろの憲兵に気づき、視線を投げかけた。老人を見下ろしたゼルガーが呆れた様子で首を振る。
「ブルネリアンの次はシェピ人か。歴史的な混成部隊だな」
「ほう、赤服にしちゃマシな口を利く。それより猫、エーテルが満ちすぎとるぞ。一体どういうことだ?」
「ギルーが遺したんだ、よくないものを」
ジャンシールは、老人を正面から見てしっかりと言った。
「この力の出所を探してる。ホーク、あんたの目は誰よりも強い。俺たちを助けてくれ!」
これ以上、危険に近づくのはよせ。
そう言いかけたが、青年たちの必死なまなざしがホークを止めた。
海鳴りをおさえてふり返った彼は、建物の先にひらけた広場を無言で見据えた。悲鳴にも似た突風が、赤い髪を炎のように巻き上げた。




