交渉(2)
吹き荒れる風が、夜を歪ませていく。
丘にいたジャンシールを切り裂くような一陣が襲い、横殴りにした。
「うわっ!」
身体ごと持って行かれかけ、とっさに木の陰へかがみ込む。ばたばたと暴れるマントを押さえこんだ時、坂を駆け上がってくる大きな影に気がついた。
長い首、強い脚に立派な爪……
疾風号だ。その背中には騎手がいる!
「アニス!?」
彼は強風も忘れて走り寄ったが、星明かりに浮かんだ憲兵を見て「あれ、お前か」と目を見張った。
決死の道のりを終えたゼルガーに、言い返す余裕は残っていない。よろけながら鞍を下りると、引きつった顔でジャンシールに告げた。
「ア、アニス・クウィントが消えた!」
「何だって!?」
「牢から連れ出されたらしい。憲兵隊は魔導庁にかかり切りだ、いよいよ歯車が狂っているぞ…… こちらはどうだ?」
と、イェリガルディンを見下ろす。彼の少ない素質は漠然とした流れをとらえるのみだ。
並び立った魔導士が身を乗り出し、伸ばした手で指し示した。
「郊外のエーテルが弱いが、おかしいってほどじゃない。町の真ん中から渦巻いて……」
「いつも通り、か」
焦りを帯びた何気ない言葉が、ジャンシールの動きを止めた。
変化がない、という異変。
彼は目覚めのようなまばたきをして、もう一度町を見つめなおした。
闇と風に沈む都に、魔法の源が湧きあがる。ふくらみ、まとまり、揺れては解けるその様は、故郷の山がたたえる豊かな木々に似ていた。
エーテルの森…… イェリガルディンもまた森なのだ。
ギルーはこの中に大きな木を隠した。さあ、俺が彼ならどこに植える?
緑の色が、もっとも濃い場所に。
魔導士は弾かれたように顔を上げた。
「……中枢だ! あのどこかにギルーの力がある!」
「探し物は目の前にあったわけか。してやられたな」
ゼルガーが憎々しげにつぶやく。ジャンシールは彼の背中を勢いよく叩いた。
「エーテルを見つければ庁の疑いは晴れる。そしたらアニスの居場所だって…… 行こう!」
駆け出そうとしたところをゼルガーが引きとめ、無言で手綱を押しつけた。ジャンシールが怪訝そうに相手を見る。
「変な気をつかうなよ。ブルネリアンの脚は竜にも並ぶぜ」
「そんなことはどうだっていい! 鞍から落ちるなよ、助けんからな!」
こんな時でも短気な石頭は、返事を待たずに身をひるがえした。




