交錯する都(4)
ヴィコはためらいがちに切り出した。
「ギルーのことは本当に…… 残念でした。俺たち、ずっと助けてもらっていたんです」
彼に金を借りていた、と庭師は率直に語った。
モロワ所長が「結婚の資金かしら」と尋ねると、ヴィコと婚約者はそろって首を横に振った。
「薬代です。あたしの母さんのため、マデリっていう薬草がほしくて。でも、二人の稼ぎじゃとても足りなくって……」
赤っぽい金髪をした娘が、訛りの残る口調で必死に説明する。ヴィコが「大丈夫だ、ミリアム」と優しく制した。
ピオがそっと口をはさむ。
「バーナディー卿に相談は…… できなさそうですね」
「はい、もともと身を持ち崩していたところを拾っていただいたんです。厄介ごとを匂わせたらお払い箱だってわかってて、ミリアムとのことも隠していました」
他の使用人との関係も薄く、頼れる者を持たない彼は困り果てた。
最後に思い当たったのが、屋敷にかよってくる生真面目な魔導士だった。思い切って事情を話すと、ギルーは迷惑がることなく金を貸してくれたという。
「いい人でした。これは施しじゃないからと彼が言って、会うたびに少しずつ返すことに決めていました」
しかし、一度目の借金を返せないうちにミリアムの母の容態が悪くなった。
ヴィコは礼拝にきたギルーをつかまえて相談したのだが、そのとき彼はこう答えたという。
「都合できるが、返済は金でなく別の物でしてほしい」
「ああ、何でも返すよ。どうしたらいい?」
勢い込んで問い返す庭師に、魔導士は静かな視線をそそいで答えた。
「君の不要なものを受け取りたい。少し待っていてくれ……」
モロワ所長とピオは、この不可解な言葉に思わず目を交わしあった。
ヴィコは気づかないまま話を続ける。
「あの人が失踪したと聞いて青くなりました。俺の頼みが重荷になったのかって」
心配しつつも、ともかく薬草を手に入れなければと都じゅうの薬屋を当たったが、彼が買えるほどの値では見つからなかった。
「……そのあと、もう薬はいらなくなりました。イリトは頑張ってくれた。母さんもあたしも、それでじゅうぶんです」
気丈につぶやいたミリアムの手を、ヴィコがそっと取った。
モロワ所長は哀悼を示してうなずくと、「ギルーと金銭のやりとりを始めたのはいつからですか」と問いかけた。
「初めに相談したのは、去年の年明けでした」
ヴィコがはっきりと答える。
「俺とギルーのかかわりは誓ってそれだけでした。あの人は誠実だった。俺たち、今でも感謝しています。これからだって変わりません」
「あなた方は、それを憲兵隊に証言してくれますか」
「はい。少しでも役に立てれば」
そう言ったヴィコに、ピオが「でも、バーナディー卿に知れたらまずいんでしょう?」と声を下げて聞いた。
「それが、俺のところに薬屋がきて。迷宮のすみの、異人の爺さんです。事件のせいで仲間が困ってるから、どうか知っていることを話してほしいと……」
ピオは「あっ」という顔をした。ジャンシールの偏屈な友人・ホークは、幾度かちらっと目にしたことがある。
驚いた様子のピオに向かって、ヴィコが口を開いた。
マデリの根を求めていたとき、最後の望みをかけて訪ねたのがホークの店だったという。
「うちには置いてない。他を探せ」
ぶっきらぼうに返した老人だったが、言葉を失って立ち尽くすヴィコを見ると、
「気休めにしかならんぞ」
と薬草を調合し始めた。
彼が作った沈静の薬は、患う者の苦痛のない旅立ちを助けた。母親の最期を思い出し、ミリアムが顔を上げる。
「あたし、薬屋さんに報いたいって言いました。それがギルーさんのためにもなるって思ったから」
「二人で考えて、やっとここに来れたんです」
張りつめた面持ちのヴィコは、婚約者の手を強く握っていた。
そのとき庁舎の一階では、窓辺に立ったロロがジャンシールの姿を探していた。しかし彼女はこのあと長い時間を待つことになる。
冬の都に冷たい夜が迫るころ、魔導庁を赤い風が襲ったのだ。




