消えた男(1)
「隊で人探しをしたことは?」
ジャンシールは、町の方へ引き返しながらアニスを見上げた。首を横に振られると「俺もだ」とうなずく。
「でも安心しな、予習してきたんだ。“団体組織の基本術”って本に一行だけ書いてあった」
揉めごとの解決には、可能なかぎり事実とそれに近しい証言を集めよ。とジャンシールは宙をにらんで諳んじる。
「というわけで、まずはギルー失踪当日の足どりを確かめる! どうだ?」
張りきった顔を向けると、相棒は「すべてお任せします」と表情を動かさずに答えた。
「ああ。そう……」
ジャンシールの声が三角頭巾の下で消え入った。
さしかかった大通りは午後の市も仕舞いどきで、にぎわいがばらけ始めている。荷を軽くしたロバとすれ違うと、ジャンシールはふたたび口を開いた。
「りんごを積んでたな。匂いがする」
そして思いついたように、「今年のりんご酒もいい出来だった、味見したか?」とアニスへ尋ねる。
「いえ、あまり嗜みません」
「そう……」
彼は小さくうなずいて今度こそ黙った。
そのまま二人で歩いていると、
「やーあ、ジャン! それが秘密の任務かい?」
と甲高い声がした。水路にかかる橋の上、行き交う人たちの間にひときわ飛び出た三角頭巾が手を振っている。
「同僚だ」
とアニスに告げたジャンシールは、大きく手を挙げて仲間に応えた。たがいに足を止めず離れていく魔導士たちを見てアニスは初めて問いかけた。
「話があるのでは?」
すると、ジャンシールは「本当は喋りたいけど」と緑の目で笑う。
「行きあうたび止まってたら夜になっちまうんだ。ほらまた、やあ!」
と、別の仲間と合図を交わす。遠くの路地にも三角頭巾を見つけ、アニスは納得したようだった。
「そうだ、エーテル魔法の素質は?」
言葉を交わせた嬉しさついでにジャンシールが聞くと、騎竜兵は「いえ、まったく」と首を振った。
この世界にはある種の謎がただよっていて、人は古くからエーテルと呼んでいた。
熱と光、気流を作り出せる力の素。
それを見、感じ取り、動かせるかどうかの初めの一歩は、予測のつかない天与の才にかかっている。能力の個人差は大きく、国民の半分くらいはアニスと同じような“持たざる者”だといわれていた。
そして、エーテルから遠い者ほど魔導士に偏見を持つ。
と当事者たちは嘆くが、これには三角頭巾側も負い目がある。なじみの食堂のおかみさんはこう話す。
「小さなころはそりゃ怖かったわよ! 日がな一日りんご畑に座ってボーっとして、そうかと思えばものすごい速歩きで路地裏をうろつく三角の人、だもの」
「エーテルを集めなきゃ魔法にならないんだ、わかってくれよ」
くり返し言われるたびジャンシールは口を尖らせるのだった。
彼らは本当によく歩くし、どこにでもいる…… ように見え、時に持たざる者の首をかしげさせる。そしてたいていの魔導士は説明(釈明)を好まない。
外への言葉がどうにも足りないのは魔導庁全体の欠点だ、とジャンシールは常々考えていた。
そういうわけで、俺は喋る。
「さっきののっぽはピオって言って、今夜使う光石の量を決める係なんだ。町中に使徒像があるだろう」
と、彼は小ぶりな石像を指す。夜の女神に仕える美しい使徒たちは、頭上に星を模したランタンを掲げていた。
「天気とか月星の位置を見て、少しずつ明るさを調節してる。気づいてたか?」
「初耳ですね」
そっけない返事ながら、すんなり進む会話がジャンシールを饒舌にする。
「あんたのいつもの相棒は何ていうんだ」
「竜のことなら、疾風号ですが」
「速そうだな。もう熱石をつけてたろう? あれも俺たちが毎日エーテルを込め、えっ?」
濃紺のマントが目の前に広がって、彼は言葉を切った。
すらりとした片腕を上げたアニスが、
「着きましたよ。失踪者が借りていたのはここの二階でしたね」
と魔導士を見下ろす。
「管理人に話を聞きますか」
「あ、ああ。そうだな」
彼女はさっさと階段を上っていき、ジャンシールが慌てて追いかける不格好な形になった。




