交錯する都(1)
(第五章 導入)
憲兵隊の方針に疑問を抱いたゼルガー。彼はジャンシールへの協力を決意し、分断されたアニスの救出を急ぐ。
その一方では、犠牲者ギルーに新たな可能性が浮上していた。ジャンシールは証拠をつかむべく強大なエーテルを探す。
アニス・クウィントを助け出す……
いや、攫い出すことになる。
リートスク王立憲兵隊イェリガルディン支局小隊長たる、この俺が。
隊に戻ったゼルガーは、心臓を打ち鳴らしつつ機会をうかがっていた。
捜査に加え通常の巡回もこなさねばならず、詰所はばたばたした状況が続いている。今朝までは苛々させられていたが、組織の外に心を置いてみればかえって都合がよかった。
地下にくいこむ階段を下り、「確認事項だ」と看守に声をかける。
「きのう酒場で乱闘を起こした男がいたな。名のつづりが目茶苦茶だ、これでは調書が作れん」
「ああ、ボーなんとか言う鍛冶屋ですね。どうぞこちらへ」
ガシャン、と重い音のあとに鉄柵が開かれた。
看守に続いて収容房の並ぶ通りを進み、中の顔をそっとうかがっていく。うつむく老人、ふてくされた女、寝転がった男……
「や、ちょいとお待ちを。こら起きろ、小隊長どののご到着だぞ!」
ボーなにがしの目覚めを待つ間もゼルガーはくまなく目を走らせた。看守にさり気なく声をかける。
「騎竜兵が入っていたはずだが……」
「おや本当だ、見えませんね。では、やっと釈放されたんですな」
軽く返された彼は、「そんなはずはない!」という声を飲み込んだ。しかし、確かに彼女の姿は見えない。どこにもない。
すると、看守に引き起こされた男が不機嫌な声をあげた。
「何だ、ほうっといてくれ! こっちは眠れなかったんだ、ごそごそうるさくてよ」
「夜中に出入りでもあったのか?」
ゼルガーは緊張を隠して尋ねる。
男は赤ら顔をぺろりと撫で、「医者か何かだ。どいつがへばったんだか知らねえが」と憲兵を見もせず答えた。
看守が何でもないようにつけ足す。
「ひょっとすると、例の騎竜兵かもしれませんね。若い女でしたから、牢に入れられて参ってしまったんでしょうな……」
アニスが消えた。
……消された? まさか!
強張った顔で戻ったゼルガーを、同僚があわただしくつかまえた。
「どこに行ってたフィリッド、仕度を急げ。今夜は大がかりだぞ」
「何がだ?」
嫌な予感がしてゼルガーは大きな目を細める。相手が呆れたようにその肩を叩いた。
「おいおいしっかりしろよ! 一斉捜索だ、魔導庁を封鎖して隅からすみまで調べ上げるぞ。部下の指揮を正しく執ってやれ!」
この瞬間、ゼルガーの疑念に揺るぎない楔が打たれた。
ギルー殺害とノーリックの失踪、そしてアニスの消失。そのすべてに関わっている何者かが、魔導庁をおとりにしている。
看守や隊員を問い詰めたところで無駄だろう。今は何よりも、ブルネの魔導士に知らせなくては。
身を返した彼は、己にだけ届く声でつぶやいた。
「……俺は、俺の正義に懸ける」
制服につけた記章を律義にも裏返すと、ゼルガーは動き回る仲間たちを避けて走り出ていった。