分断(2)
知らせを受けたジャンシールは反射的に庁舎を飛び出そうとした。
「待ちなよジャン、今つっこんでっちゃまずい!」
と、ピオがもがく彼を引きとめる。
アニスに助けられた魔導士が、「憲兵が先に剣を抜いたのよ、何度言っても取り合ってくれなくて……」とうろたえながら話す。
集まってきた一人が低い声でつぶやく。
「何もかも我々の企みだと思っているんだろう。クウィント隊員も一味だとふんだのさ」
他の者は不安げに顔を見合わせた。
仲間の死と相次ぐ失踪、そして向けられた疑いの目。暗い空気が彼らを押し込め、口をつぐませる。
沈黙を破ったのはジャンシールだ。
「だからって黙ってちゃ誤解はとけないぞ。諦めは真実の鍵を曲げる、故郷じゃそう教わった!」
ますます必死になる彼のマントを、ピオがきつく握りしめた。
「ジャン、お願いだから聞いて」
明るく高い声はなりを潜めていた。ジャンシールはハッとして彼を見上げる。
「僕は君の故郷を尊重する。けど、僕らがいるのはイェリガルディンだ。ブルネのやり方はここじゃ通らないんだよ……」
友人の切実な表情に気圧され、ジャンシールは言葉を失った。見開かれた目の中で森の色が震えていた。
ジャンシールはそれ以上逆らわなかった。自分の気持ちを飲み込み、静かに仕事についた。
区分けした町をくまなく回り、使徒像のランタンから光の消えた石を集めていく。心なしか、すれ違う人々の視線が尖っているようだった。
これに似たまなざしは故郷を出てからいくらでも浴びてきた。
しかし今、イェリガルディンでの不信と警戒の源は、“魔導士”という立場…… 彼が生きる意味を見出した生業そのものになってしまった。
その事実に窒息しかけた時。
「ジャンシール! ああよかった!」
と、思わぬ声が彼を呼んだ。
驚いてふり返ると、目の前に緑色の竜の顔がつき出てきた。その鞍上にびっくりした表情のロロがまたがっている。
「ロロ! こいつは疾風号じゃないか、どうしたんだ!?」
「朝市で騒ぎに行きあって。この子が捕まっちゃわないように、騎竜隊まで届けようとしたんだけど……」
疾風号はアニスを探しているのだろう、しきりに首を振っては足踏みしている。ぎこちなく引かれる手綱に従う気はなさそうだった。
少し考えていたジャンシールは、そっと両手を伸ばして竜の顎のあたりを包んだ。しっかりした鱗の間で、透きとおった黄色の眼がさまよっている。
「そう、心配だな。俺もだ」
と、彼は語りかけた。
人間以外の生き物は、エーテルに敏感ではないといわれている。しかしジャンシールは、触れた指先から自分の感じる不思議な流れを伝えようとした。
焦りや恐怖をたゆたいに乗せ、それを消せなくとも、ひと時を鎮まれるように。
やがて、竜は小さく鳴いて動きを落ちつけた。
「すごい……! 魔導ってこんなこともできるんだ」
目を輝かせるロロに「まぐれだよ」と照れ笑いで答え、あらためて彼女を見上げた。
「アニスはどんな様子だった?」
「すぐ連れて行かれちゃってよく見えなかったの。でも、騒いでたのは憲兵さんだったから、アニスさんは冷静だったはずだよ。きっと大丈夫、すぐ会えるよ!」
ロロが力強くうなずくと金色の三つ編みが太陽をはね返した。
「……そうだな」
小さく返事をしたとたんに視界がぼやける。
冗談じゃない、こんな歳になって。ジャンシールがそう思うほど涙は込み上げた。
揺らいだ緑の瞳を見つめていたロロは、思い出したように手綱を引いてみた。疾風号がゆっくりと向きを変える。
「いい子。見て、なんとか行けそう」
目じりをぬぐったジャンシールは、
「竜舎まで送って……」
と言いかけて思いとどまる。今ごろ騎竜隊も引っくり返っているだろう、魔導士がうろついて喜ぶはずはない。
「送って行きたいんだが、状況がまずいんだ。一人で平気か?」
「うん、実は一回乗ってみたかったの。ありがとう、黒猫さん」
おっとりした言動の下に意外な度胸を見たジャンシールは、
「よかったら偵察してきてくれないか。向こうがどうなってるか教えてほしい」
と声をかけた。竜の上の娘は目を見開く。
「私でいいの?」
「君がいいんだ」
勢いで返して「その、変な意味じゃない」と慌てた青年へ、ロロは明るく微笑みかけた。
「それじゃあ、三人目」
「えっ?」
「三人目の調査隊。ジャンシールとアニスさんと、私。行ってくるね!」
疾風号は、やや左右に振れつつも石畳を走り出した。即席の騎竜兵を見送ったジャンシールは、
「素質があるな、色々と」
と納得してつぶやいた。




