分断(1)
朝のうちにジャンシールを訪ねようとしていたアニスは、疾風号に乗って大通りへ差しかかった。
「お前、こんな早くに何をしている?」
鋭い声がして彼女はふり向いた。市場の立っている路地の端で、二人の憲兵が小柄な女を呼び止めている。尖ったフードを被る魔導士だ。
「頼まれものを買いに……」
「これまでどこにいた。答えろ」
「ま、町の外縁です、エーテルを追って」
「この寒さに散歩していたと言うのか?」
そびえる赤い塔のような男たちを前に、女は怯えていた。アニスは竜の背を下りて近づいていく。気づいた憲兵が睨みすえてきた。
「何だ、騎竜隊などお呼びじゃないぞ」
アニスはできるだけ平静に尋ねた。
「例の事件の捜査ですか?」
「お前に口を出される筋合いは……」
と、若い憲兵が撥ねつけかけたが、片割れがそれを止めた。彼女に鋭い目を向けてくる。
「クウィントというのはお前か。魔導庁と組んでいるそうだな」
捕まっていた魔導士は不安そうに三人を見上げている。必要以上にかばわない方がいい、そう思ったアニスは事務的に告げた。
「そちらの指示による協働です。可能であれば、被害者と対面を……」
「その前に話を聞かせてもらおう。連行する!」
言葉の終わりを待たず、憲兵が腕をつかんできた。背中へひねり上げて手綱をもぎ取る。アニスは突然の痛みに顔を歪めた。
疾風号は、主人の危機に黙っていられなかった。
長い首を振るって手綱を奪い返し、自由を得たと見るやアニスと憲兵の間に勢いよく顔を突っ込んだ。
「うわっ、何だ!?」
さすがの憲兵も驚いて払いのける。すると今度は横っ面を殴られた竜が驚き、喉の奥で地響きのような音を鳴らした。
ただの威嚇音だが、耳慣れない者にとっては恐ろしい。ハッとしたアニスは轡をとって下がらせようとした。
しかし遅かった。横に控えていた憲兵が、怯えもあらわに長剣を抜き払ったのだ。
「喧嘩だ!」
わっ、と声が広がり市場は騒然となった。
「疾風、下がって!」
アニスは竜を後ろに押しやり、鞘のままの剣で白刃を受けとめた。硬い革を裂いた先で金属が弾き合う。
人々が逃げ惑い、騒ぎは大きくなる。若い憲兵は逆上していた。
アニスの頬を冷たい汗が伝う。剣技は付け焼刃の訓練しか受けておらず、相手をなだめる余裕などとてもなかった。
“下がれ”と言われた疾風号はすっかり混乱し、目を回しかけていたが、ふいに伸びてきた手が手綱を引き止めた。
「こっちにおいで、大丈夫だから!」
と竜を必死に導くのは、食堂の看板娘ロロだ。
やっと人目を避けられるところに来たとき、騒乱の中心に数人の憲兵が駆けつけるのが見えた。
詰所で待機していたゼルガーは、連行された騎竜兵を見て「どういうことだ!?」と声を上げた。
「この者は事件の捜査を妨害しました!」
顔を真っ赤にいからせた隊員が勢い込んで答える。牢に入れろ、と誰かが言い、両手を縛られたアニスの肩を乱暴に突き放した。
「今は魔導士連中の取調べが先だろう! 騎竜隊とやり合う暇など……」
駆け寄ろうとするゼルガーを仲間が押し止める。
「いや、手間が省けた。一度調べるように指示が出たんだ、こいつはギルーの身辺を嗅ぎ回っていただろう」
と肩を叩かれ、彼は呆然と相手を見返した。その姿を見とめたアニスが、かろうじて振り返った。
「どうか後を。ジャンシールに……!」
ゼルガーが顔を向けた瞬間、重い扉が音を立てて閉ざされ、声を断ち切った。




