道を求めて(1)
(第四章 ここまでのあらすじ)
迷宮の襲撃犯を明らかにできないうちに、失踪者ギルーが遺体で発見された。
ジャンシールの友人でもある魔導士ノーリックが姿を消し、疑いの目は魔導庁全体へ向かい始める。
十二月を目前にして、イェリガルディンに初雪が降りた。
アニスは輪番の合間をぬって裏通りへ向かう。色あせたレンガ造りの建物をうかがうと、木箱をたずさえた憲兵が階段を下りてくるところだった。
荷車に積まれた遺留品は、ひとりの人間を読み解くにはあまりに少ない。
ギルーが心に抱え育ててきたものが、他のどこかに隠されているはずだ。彼女がそう思っていると、部下に指示を飛ばしながらゼルガーが現れた。
通りの向かいに立つアニスを目ざとく見つけ、つかつかと歩み寄る。
「何をしている? 来るなといっただろう」
「近くを通ったもので。進展はありましたか、小隊長」
平然と返されたゼルガーは「お前、騎竜兵にしては態度が大きいな。調子が狂う」とつぶやいた。
時代遅れの騎竜隊には、まれに「竜が好きだから」という奇特な者が志願してくるらしい。この女もその口だろうか、と彼は改めてアニス・クウィントを見つめた。
細面にすっと通った鼻梁、青灰色の瞳。
リート人らしい、いい顔立ちだ。民族的な仲間意識が彼の心を少しゆるめた。
「目撃者を探しているが、難航しそうだ。ノーリック・ザムの行方もまだ知れん。方々の街道をあたっている」
「ノーリックは同様の事件に巻き込まれたと思われますか? 魔導士を狙う何者かによって……」
「お仲間が心配か。やつなら平気だろう、悪運が強い」
と、ゼルガーは薄茶色の目だけで笑い、すぐに表情を戻して続けた。
「どちらに転ぼうが、ノーリック・ザムもイェリガルディンの市民だ。ギルーと同じ末路はたどらせん」
厳しい横顔に一直線の正義感がのそいている。馬上でしゃっちょこばる彼しか知らなかったアニスは、意外な思いでそれを見ていた。
ふと、ゼルガーが声をひそめた。
「あいつと組まされて不足はないのか」
それは悪意のない、純粋な疑問だった。アニスは小柄で威勢のいい魔導士を思い浮かべ、微笑んで答える。
「ええ、何一つ」
「……わからんやつだ」
赤い制服の小隊長は、舞い散る雪をふり払いながら戻っていった。
魔導の徒たちは相次ぐ事件に心を痛め、怯えていた。
モロワ所長もひどく気を落とし、
「よきエーテルの子を失い、残念でなりません。ハドマント・ギルーの魂が、女神の空で安らかに眠れますように」
と短い弔辞を表した後は、執務室で物思いに沈むことが多くなっていた。
そもそもの調査を仰せつかっていたジャンシールは責任を感じていたが、そんな彼の様子を察したピオは必死に説いた。
「ジャン、祈りながら待とう。それが一番だ」
「でもノーリックを探さないと……」
「そんなに思い詰めないで。みんな怖がってる、また危ないことがあっちゃ嫌だよ」
ジャンシールは、友人の乞うような顔を思い返した。不安の根がはびこっているのは分かる、しかし……
考え込みつつ広場を歩いていると、マントの端をぐいと引く者がいる。
ふり向いた彼は、
「ホーク! こんなところで何してるんだ、雪だぞ!?」
と、迷宮の友人を前に目を見張った。
痩せた身体をローブに包んだ老人は、「雪ぐらい知っとるよ」と片眼鏡の瞳を苦々しげに細くした。
「下で話を聞いてな。赤服どもが騒がしいと思えば、猫は刺されかけて魔導士は殺されたというじゃないか。これではおちおち昼寝もできん……」
彼はふいに顔を背けた。商人の一団がそばを通るのを待って、ふたたびジャンシールを見据える。
「憲兵に任せて、大人しくしてちゃどうだね」
素直な心配を表されて言葉に詰まったジャンシールだが、すぐに首を横に振った。
「そりゃ、俺が探してたギルーは死んでしまった。けど次は友人が消えた。まだ終わりじゃないんだよホーク、もっと深くに何かが隠れて……」
ホークが片手をあげ、熱心に語る彼をさえぎった。
「シェピの海が鳴っとるんだよ、ずうっとな。お前にも聞こえればいいが」
迷宮の老人は青年が答える前に背を返し、雪の中を歩み去った。
同じころ、第二区のバーナディー邸にギルー殺害の一報が届いていた。
「酷いことがあるものだ。ヴィコ、弔花を出してやれ。柊でもいい」
バルコニーに出ていた屋敷の主は、遠駆けの仕度をしながら庭師に言いつけた。
「ところで、うちへの聞き込みはあれで最後だろうな? あまりやかましくされては外聞が悪い。何が来ても余計なことは話すなよ」
「勿論です、ティラー様」
と返すヴィコの声は、不自然にかすれていた。
周りの者は誰ひとり気づかず、それぞれ忙しく働き回っている。取り残された青年は表情を固くして作業小屋に向かった。
鋏を手に庭に出てからも、彼は長いあいだ動かなかった。
白く寒々しい空をぼうっと見上げる。池に映ったその姿は、吹き抜ける風で歪に揺すられていた。




