表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/78

追う者は追われる(3)

 あの一言がなければ、とジャンシールは過去を見つめた。

「俺は、すり切れてねじ曲がって終わっていただろうな。これで本当に魔導士になれる、この人の下で、この都で力を尽くそうと思った」

 アニスは共感を示してうなずいた。

 それから静かな手つきで縫い糸を断ち、「できました」とマントを広げてみせる。切り裂かれた箇所がわからないほど、ていねいに塞がれていた。

 ジャンシールは「お見事!」と照れくさそうに受け取り、

「こいつはお礼だ、農家の傑作を味わってくれ」

と、もう一つの杯を彼女へと押し出した。


 機を見はからった看板娘が注文を取りにくる。

「お二人さま、お腹も空いてるよね? 今日はいい川魚が入ったの、熱々の揚げ物ができますよ!」

「じゃあ俺はそれをいただこう。どうする、相棒?」

 急に格好つけ出したジャンシールに合わせ、アニスも取り澄まして選定を済ませる。ロロが調理場へ引き返していくと、「よくわかりました」としみじみつぶやいた。

「何がだ」

 ジャンシールがじろりと目を向ける。

「いえ、あなたの歩みが。憲兵が苦手なのは山を下りてからですか?」

「まあな、このなりだと理由(わけ)もなく追いかけられるんだ。あんたの家は、きっと王都の近くなんだろうな」

 控えめに尋ねると、相手は「ええ」と素直に肯定した。

「古くは貴族に仕えていた騎士の家系です。しかし騎竜隊に入ったのは私自身の意志でした。彼の近くにいようと……」


 彼、と口にしたとき、視線がふわっと浮いた。

 青灰色の瞳が思い出ではない何かを見つめている。ジャンシールも一緒になって宙を見上げた。

「今日の見舞いは、よかったのか」

 問われたアニスが微笑んだ。

「あれから持ち直したので。彼…… レヴィアは、トホスの療養所にいるんです」

 地名を聞いたジャンシールはわずかに目を細めた。東の道の先にある小さな町は、心を見失った者の静養地だと聞いていたから。



 アニスは、彼にうなずいてからこう続けた。

「私たちは遠い親類ですが、同じ都で育ちました。彼が精神の均衡を失うと、一族は体面を保つためにトホスへ追いやったのです」

 あの小さな童話集は、かつてレヴィアから贈られた物だという。

「読んで聞かせます」

と、彼女は恥ずかしそうな表情を見せたが、すぐに苦しげな影がおおい隠した。

「彼は応えませんが。私にできることはそれぐらいなので」


 うつむいた顔は、悲しみを抱える者だけが持つ目に見えない光を宿していた。

 彼女の心を大きく占めているものに触れ、ジャンシールの胸に祈りの気持ちがあふれ出す。励ますように微笑みかけた。

「あんたは女神というわけだ、彼にとって」

「どうでしょうか」

 アニスは寂しそうに笑う。しかしジャンシールは、視線を交わしたまま言いきった。

「そうに決まってる。確かめられる日がきっと来るさ、りんご酒の大樽(おおだる)を賭けたっていいぜ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ