追う者は追われる(2)
秋と冬の境に陽が落ちた。
約束通り“マルスの天井亭”で待ち合わせた二人は、商人や職人風の客に交ざって片隅の卓についていた。
「おまけがついてきてるが無視してくれ」
というジャンシールのささやきにアニスが振り向いた。先の卓から、ノーリックとピオが小さく手を挙げる。
「いい友人を持ちましたね」
穏やかに言った彼女は、針と糸を取り出した。ジャンシールのマントをどうしても繕いたい、というのが誘いの理由だった。
「まあそんなところだ。ここは人が良くて……」
彼は緑の目をまたたかせ、言葉を切る。
アニスの手もとをじっと見つめていたが、やがて「古い話だが、聞いてくれるか」とつぶやいた。その瞳に浮かぶ色は、明るいものではなかった。
俺の故郷は、この国の西の端。
鍵の形に突き出した、まさしく“リートスク王国の尻尾”だ。
接収されてからはブラカイム領なんて言われてるが、俺たちはずっとブルネの地と自称している。当然これからも。
親父は早くに死んじまったが、兄貴が山羊をふやして暮らしは楽になった。お袋と妹が手伝って何とかやってる。
魔導士になれるだけの素質があるのは、村で俺ひとりだった。
みんなは心配したけど、授かったものを使わない手はないだろう? それで山を下りて訓練所に入った。最初の任地は、前にも話したカヌっていう町だ。
そこが散々だったよ。
役場の連中から農家から、誰ひとり俺を信用してくれなかった。仲間のはずの魔導士も同じだ。でも、努力すればいつか受け入れてくれると思ってた。
……不正を働く魔導士がいた、って言ったのを覚えてるか?
それは役場ぐるみで仕組まれた物で、俺は証拠を揃えて所轄の魔導庁に持っていこうとしたんだ。
あいつらはそれに気づき、俺の口を封じようとした。
アニスは、彼の言葉を聞いて針を止めた。
杯を置いた青年が「こういうことだ」と黒い前髪をかき上げてみせる。額の片すみに深い傷跡が走っていた。
「何て愚かな……」
と、アニスが痛々しげに首を振る。片側に流した金の髪が陽のように輝き、ジャンシールは静かな目でそれを眺めた。
「そのまま逃げ出して支所に匿われた。不正の告発もできたから、結局は上手くいったんだが」
田舎の小さな支所では、彼のような特異な出自の者を扱いきれない。暗にそう示され、故郷に帰ることまで勧められたという。
救いの手を伸べたのが、ちょうど地方を視察して回っていたモロワ所長だった。いきさつを聞いた彼女は、ブルネリアンの目を真っ向から見てこう告げた。
「北へおいでなさい、ジャンシール・テアドレ。イェリガルディン魔導庁はあなたを信じ、歓迎します」




