追う者は追われる(1)
(第四章 導入)
庭師ヴィコは、失踪者から魔導を教わっていた可能性がある。
新たな筋道を見つけたジャンシールだったが、地下迷宮で何者かの襲撃を受ける。
それは、先に進めば更なる危険が待つという警告だった。
卓に置かれたナイフは、そのありふれた形ゆえにジャンシールを怯えさせた。
「俺もこんなのを持ってます。毎日使ってる」
と、日常から飛び出した凶器に顔を強張らせる。モロワ所長も険しい面持ちで考え込んでいた。
「あなたが無事で何よりです。警鐘であることは明らかね…… 事態を甘く見すぎていたわ」
地下で襲撃されたのは昨日のことだ。今朝になって、アニスが疾風号をその名の通りすっ飛ばして魔導庁へ駆けつけていた。
「私も同行するべきでした。こんなことが起こるなんて」
彼女はジャンシールに劣らず衝撃を受けていた。髪の乱れもそのままに、血の気の引いた顔でナイフを見つめる。
ジャンシールは相棒の肩を叩いた。
「俺がうかつだったよ。ランタンの光石はわざと消されてたんだ、まんまと引っかかっちまった」
二人を眺めていた所長が、ナイフを箱に収めながらこう告げる。
「単独犯だとすれば、刃物の扱いに長け、なおかつ魔導の心得がある者ということね」
「イリト・ヴィコか…… 失踪者ギルーの可能性も?」
アニスの問いに、彼女は強い視線を返した。
「まだ否定できませんね。これから憲兵隊長に会ってきます。バーナディーの庭師についても話しておかなければ」
これに声を上げたのはジャンシールだ。
「そこまであいつらに明かすんですか? 鼻で笑われるのがオチですよ、行くだけ無駄です!」
彼の激しい調子に、傍らのアニスが目を丸くした。モロワ所長はじろりと部下を見る。
「好き嫌いを言える段階は過ぎましたよ。憲兵が対応するまで、あなた方の調査はいったん留めおきます。いいですね?」
念を押され、魔導士は渋々、騎竜兵は素直にうなずいた。
「よろしい。身辺にはじゅうぶん気をつけて下さい。ウォルメリ司祭からの返事がくれば、状況も変わるかもしれません」
今は待ちましょう、という祈るような一言で話し合いは終えられた。
「ジャンシール、その穴は……」
執務室を出ると、アニスが彼のマントに手を触れた。昨日からの緊張がようやくゆるみ、魔導士は苦笑した。
「そう、ここに刺さった。遠雷号が知らせてくれて防げたんだ」
「直します」
どこまでも真面目な相棒がきっぱりと告げ、ジャンシールはさらに笑みを濃くする。
「気にするな、あんたのせいじゃない。修繕代は襲撃犯どのに回したいところだね」
二人が庁舎の前庭へ下りると、木につながれた疾風号のまわりに三角頭巾が寄ってきていた。
「近くで見ると大きいもんだなあ」
「香草は食べるかしら?」
「おっ、ご主人が戻ったぞ。おつとめご苦労様、騎竜兵さん」
と気さくに振り返ったのはノーリックだ。アニスに人のよい笑顔を向ける。
「竜の脚は強いもんだな。熱石がこれだけで寒くないのか?」
騎手にまで興味津々とみたジャンシールは、「空けてくれ、こちらはお急ぎなんだ」とお喋りな先輩を両手で押しやった。
さっと鞍に上がったアニスが、ふと動きを止める。
「人の中であれば、安全でしょうか」
「ああ、この辺りは特に目が多い。心配いらないさ」
励ますように言ったジャンシールだが、
「では今夜、早いうちにお会いしましょう。以前の店ではいかがですか」
と思いがけない誘いをうけ言葉を失った。彼の様子を見てアニスが付け足す。
「それとも竜舎の方が?」
「いっいや、マルスの天井亭で! 時刻は……?」
「鐘の後、すぐに」
短い返事を残し、竜と兵は風のように駆け出した。
ジャンシールが呆然と見送っているところ、後ろに控えたノーリックが、
「安心しろ、護衛がついてる。心ゆくまで逢い引きを楽しめ」
と何とも頼もしく肩を叩いてきた。




