警告(2)
イリト・ヴィコは、消えたギルーに魔導の教えを乞うていたのではないか。
彼に高い素質があるなら突飛な話でもない。
この考えを話してみると、薬屋ホークは「マデリの根っこは、いい強心薬でな」と難しい顔で言った。
「あの庭師の身内に病人がおるんだろう。もしかしたら、それを魔導で治せると吹き込まれたのかもしれん」
「となると、ギルーはヴィコを騙して手ほどきを…… 小金目当てで?」
わしに聞くな、と老人の口がへの字に曲がる。
「言っただろうが、きな臭いと。何をするにも用心しろ、ブルネリアン」
ふたたび地下道へ踏み出したジャンシールは、だいぶ遅れて答えを導いた。
「……いや、ギルーはそういうやつじゃない。だろう?」
遠雷号に語りかけると、つぶらな瞳が黙って見上げてくる。
彼らは迷宮の縁をぐるっと進み、ささやかな広場に辿りついていた。ここが今日の目的地だ。
真ん中に立って見回せば、取り巻く石彫の月星をランタンが照らす。片隅の泉には清浄な水が満ちていた。
しかし、そんな憩いの場にも人々の姿はない。
賑わいを遠ざけているのは、迷宮に息づく幽霊だった。
その話が出たのはつい昨夜のことだ。
寮の広間を通り掛かった彼を、同僚の一人がこう呼び止めた。
「ジャンシール、迷宮まで調べてるんですって? さまよう亡霊に気をつけてね」
彼は思わぬ言葉に目を見開いたが、
「ああ、そんな騒ぎがあったな。気味の悪い足音がするって……」
と声を上げた。
「それだけじゃないのよ、すすり泣く声とか、泉から真っ黒い手が這い出てきたとか! 本当に大丈夫、お守りは持ってる?」
ひどく心配する彼女に、くつろいでいた仲間たちが「そんなに脅かしてやるなよ」と笑いかけた。また一人は話に乗り、
「あのあたり、行政庁の下だろう? ずっと昔は地下牢だったらしいな。苦しんで死んだ罪人の霊だと思うが、どうだいこの推理?」
と隣のピオをのぞき込む。
顔をこわばらせたピオは「僕は聞かない、聞かないよ!」と両手で耳をふさぎ、果ては瞼までしっかりと閉じた。
しかし、ジャンシールが探しているのは生きた人間だった。
足音が本物だとすれば、広場のどこかが閉ざされた道に通じているのではないか。姿を消した者だけが行き交う、秘密の道……
そんな思いつきを確かめるべくやって来たのだったが。
隅から隅まで、這いつくばって伸び上がって。ようやく調べ終えた彼は、泉の端に腰かけて息をついた。
「そう簡単にはいかないか……」
水面にわずかなエーテルが揺れている。水気を嫌った遠雷号は、ジャンシールの腕をのそのそ伝い、首のうしろに納まった。
天井を眺めていると、仲間の話を思い起こした。この上には行政庁がある。
休息日にも関わらず書類をめくっているコレットの姿が浮かび、ジャンシールは苦笑した。
「さて、もう少しがんばるか。お前はそろそろ戻してやらないとな」
と、竜を撫でて腰を上げる。
来た道を引き返そうとしたが、やけに薄暗い。先を見通すと、壁にかかったランタンの光が尽きかけていた。
光石だ。ひとつエーテルを込めてやろう。
そう思って立ち止まり、籠の隙間に手を差し入れた時。
「シャーッ!」
と耳もとの空気が裂けて彼は飛び上がった。
遠雷号の声だ、と思った次の瞬間、背後から何かが迫っていると気づく。空気を断ち切る鋭い気配。
とっさに広げたマントを光が貫いた。
「っ……!」
本能的に払いのけると、抜け落ちたナイフが石畳に跳ね硬い音を立てた。
息を飲み、青ざめた顔を素早く向ける。
曲がりくねる回廊の奥に、幻のような足音が消えていった。
(第三章 了 )
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
補足の登場人物一覧をはさみ、第四章に入ります。




