警告(1)
白と橙、そして黄金が青空を背に輝く。
リートスク王国の中心には、太陽と見まがう絢爛な宮殿が堂々とそびえていた。栄華の光は人々の目を奪い、別の権力の存在をしばしば忘れさせる。
セレスタン教の本拠・大聖堂は、影のような静けさの中に建っていた。
その馬房で、一人の司祭が仕度をしている。
「昼になっても冷えますな。ご祈祷ですか?」
「はい、町境のお屋敷から急な依頼で」
と馬丁に答えるのは、あまり冴えない風貌の小柄な男。長くイェリガルディンに勤めたウォルメリ司祭だった。
同じくらい老いた馬の背に上がって手綱をとったとき、ウォルメリはふと顔を上げた。
中庭をつっきって小姓が駆けてくる。
その手に手紙らしきものが握られているの見て、彼は訝しげに目を細くした。
「やあジャンシールさん! 相棒さんは変身中ですか?」
と、回廊を通りかかったランドレン司教がジャンシールに手を振った。
竜を抱いていた魔導士は「いや、これはアニスじゃなく……」と慌ててマントに隠したが、司教はにっこり微笑んだ。
「猫、竜と歩く。生き物はいいですね。私も老後は何か飼おうと思ってるんですが、皆に相談してはうるさがられて…… おやシーダ、なぜ笑っている?」
気がつけば司教の後ろに少女が控えていた。大きな経典を抱え、年相応の笑顔でジャンシールにささやく。
「ランドレン様はご希望の動物が毎日変わるんです。あひるも犬も馬も、大牧場を手に入れないととても叶いません」
この言葉に司教本人が明るく笑った。
「牧場主、それはいい考えだ! そうなったらお前にも世話を手伝ってもらおう。さあ、準備を頼むよ」
小姓を優しく送り出した司教は、表情を引き締めてジャンシールに向き直った。
「あまり芳しくないようですね」
ジャンシールは、決まり悪そうに「はい」と答えた。
「ギルーが何かに心を注いでいたのは確かなんですが、それが見えてこなくて。ローザングラス、三十から零、魔導を離れた何か……」
と遠雷号を乗せた腕を組む。
「そうだ、イリト・ヴィコという信徒をご存知じゃありませんか? バーナディーの庭師なんですが」
そう尋ねると、ランドレン司教は「ヴィコさん? うーん、どの方だったかな」と頭を抱えた。
ヴィコがあまり教会に顔を出さないとなると、例の日はわざわざギルーに会いに来たのだろう。急いで何かを話し合う必要が彼にはあった……
考えをめぐらせているところに、バタバタと重なり合った足音が聞こえてきた。
顔を向ければ、祈りを終えた女性たちが雪崩のようにやってくる。
「あっ、こっちにいらしたわよ!」
「司教様、聞いてください私の告解!」
身の危険を感じたランドレンは「そ、それではまたっ」と飛び上がり、平らな廊下につまづきながら扉に逃げ込んだ。
それから迷宮に入ったジャンシールは、ホークの薬屋を目指して歩き、迷い、結局いつものように主に呼び止められた。
階段口に座った友人が渋い顔でつぶやく。
「そろそろ道を覚えちゃどうだね、ブルネリアン」
魔導士は「覚えるさ、あんたがでっかい店を構えてくれたら」と減らず口を叩き、遠雷号を乗せた腕を見せて笑った。
「連れと挨拶に来たんだ。以後よろしく、薬屋どの」
ホークは片眼鏡を押さえ、興味深そうに顔を近づける。
「そいつが例の相棒か。随分小さいな」
「どうして誰も彼もアニスを竜にしたがるんだ? これは相棒の、そのまた相棒。調査の手伝いもしてくれてる」
ジャンシールが得意げに言うとホークは納得してうなずいた。
「なるほど、お前より賢そうだ。シェピの勘がそう言っとる」
「……さすがの慧眼だなあご老人?」
ところで、とジャンシールが通りの壁にもたれかかる。
「その調査に困ってるんだ。いっそあんたの目でギルーを見つけてくれないかと思ってね」
ホークは「はっ!」と笑い飛ばしてから顔をしかめる。
「それができるなら今ごろ城を建てとるよ。店もボロなら儲けもボロ、たまに来た客はいかれた男だ。やっておれん」
「へえ、どんな奴だい?」
何気なく尋ねたジャンシールだったが、
「どんなって、無礼な奴だよ。マデリの根っこはないかってしつこくてな。相場の半値を言いおるから追い返してやった」
とホークが話すにつれて目を見開いた。
地味な外套を着た、若いリートの男。背が高くて目の下に傷があった……
「イリト・ヴィコだ!」
ジャンシールは飛び上がった。
「そいつ、消える前のギルーと会ってたんだ。いつ来た!?」
彼の勢いに驚いた薬屋は、「一昨日の夕方」と反射的に答えたが、少し声をひそめてこう続けた。
「なあ猫、仕事の手を抜けとは言わんが…… あまり入れ込むなよ」
「なに、平気さ。ヴィコについてもっと覚えてないか?」
気が乗らなさそうなホークだったが、それでも最後に一つ教えてくれた。
「あいつの魔法素質はわしとそう変わらんだろう。同じ流れに目を取られとったからな」




