行政官が溜息を(3)
「ジャンシール。こんなに早く、礼拝ですか?」
アニスは竜の上から驚いた顔を向けた。
胡桃色の厚手のローブをはおり、長い金の髪を風に遊ばせている。陽をうける顔もどこかやわらかかった。これから友人の見舞いに行くのだろう。
彼はバーナディー邸をのぞきに行ったと話し、
「ヴィコが働き者だってことがわかったよ。道中気をつけてな」
と笑顔で手をあげた。
「ええ、どうも」
アニスは少し申し訳なさそうな微笑みを返し、疾風号の手綱を引い……
「待て!!」
「はい!?」
「ああ振り向くな、後ろ、背中っ!」
とジャンシールが慌てて駆け寄る。
アニスのローブの背中に、四肢をいっぱいに広げた小さな竜…… 探索係の遠雷号がしがみついていたのだ。
「あっ、さてはまた脱走を……」
「落っこちそうだ、取るぞ!」
彼は夢中で手を伸ばし、長い胴をそうっとすくい上げた。
疲れきっていたらしい遠雷号は大人しく魔導士の腕に収まった。
熱石の飾りはつけているが、効力が切れかけている。ジャンシールは半端なエーテルを逃がし、新たな熱を込めてやった。
ついでにおっかなびっくり鉄色の鱗をさすってみると、どっしりした重みが腕の中で息づいた。
「すみません、たまに抜け出すんです。小屋に戻さなくては」
そういって手を差し出すアニスは困っているようだった。ジャンシールは軽い調子でうなずいてみせる。
「俺が返しておこう、どうせ通り道だ。急いでるだろ?」
彼女は、少し迷ってから「助かります」と馬鹿丁寧に頭を下げ、疾風号とともに道を駆けていった。
相棒を見送った魔導士は、脱走者に顔を近づけて言い聞かせる。
「さて、お前は家に帰るんだぞ!」
しかし、辿りついた竜舎にはまるで人気がなかった。宿舎に回っても誰も出てこず、途方に暮れるうちに聖堂の開く時間がきてしまう。
ジャンシールはマントの下の竜に小声で話しかけた。
「仕方ない、一緒に祈るか。頼むからじっとしててくれよ?」
女神サイデアの像は美しい静寂をまとい彼らを待っていた。
澄んだ朝の光がなめらかな翼の曲線を伝って洗う。祈りを捧げる信徒たちの影が礼拝堂に並んでいた。
どうかすべての善き者をお守りください。
すべての迷いし者が、星明かりの道を見つけられますように。
一心に手を合わせる青年のとなりに座った老人は、その腕にしがみつく竜に気づいてヒュッと息を吸い込んだ。が、とっさに女神に祈って悲鳴を押し込めることができた。
はじまりの礼拝は今日も平和で、何一つ問題はなかった。




