行政官が溜息を(2)
「あっ!」
とぶつかりかけた少女を、アニスが優しく支えた。
「大丈夫ですか」
「すみません、不注意で……」
手を取られながら身体を立て直したのは、あの聖堂の小姓だった。少女も二人を見とめて目を開く。ジャンシールは気さくに声をかけた。
「やあ、シーダっていったな。お使いか?」
「はい、納め月の祈祷が近いので、コレット様へお手紙を…… ちょっと慌ててしまいました」
と、茶色の髪を恥ずかしそうに撫でつける。
後ろの部屋から「書簡をどうぞ」と声がかかり、少女は丁寧に頭を下げて身を返した。思いがけず軽やかな、春の野兎のような動きだった。
可愛らしい子だ。
ジャンシールが老人のような気持ちで見送るとなりで、アニスはどこかぼうっとしていた。
「どうした?」
「ああ、いえ。若いというのは素晴らしいですね」
「これから会うお方も素晴らしいぞ。歳はあの子の四倍くらいだが」
とジャンシールが受けあった当人は、いつものごとくどっしりと卓について出迎えた。
「魔導の舎へようこそ、アニス・クウィント隊員。調査への協力に感謝します。先日は竜が役に立ってくれたそうね」
「はい、ジャンシールの要請が成果につながりました」
落ちつき払って答える彼女を見て、所長は満足そうにうなずいた。合格ということらしい。
「さあ、その後の経過はどうなったの? お話しなさい、黒猫」
「はいっ!」
二人の様子をうかがっていたジャンシールは飛び上がって背筋を伸ばした。
「失踪前のギルーが教会で会っていたのは、バーナディー邸の庭師だと思われます。コレット行政官の方は収穫なしでした。庭師に絞って動きを追ってみます」
「わかりました、このまま続けてちょうだい。私の方からは……」
と、所長は卓に広げた用箋を叩く。
「近隣の魔導庁に、同様の失踪者が出ていないか問い合わせています。それから、王都に行ったウォルメリ司祭へも手紙を出したわ。返事を待ちましょう」
彼女は言葉を切り、目の前に立つ二人の若者へ視線を注いだ。
つかの間、浮遊感をはらんだ沈黙が部屋に落ちる。
「おや、何か気がかりでも?」
部下に問われた所長は、「いいえ。ご苦労だったわね」と笑みを返した。
長身の騎竜兵に小柄な魔導士。
身分も性別も、出自も異なる彼らだが、不思議とよく似ているように見えたのだった。
次にやってきた休息日、ジャンシールは都の外れの丘で朝を待っていた。
ごつごつした大木に寄りかかり、マントに染み入る冷気で息を白くしながらエーテルを眺める。
ライムブロッサムと教会、魔導庁に行政庁、ついでに憲兵の詰所。町の心臓を、空気でも風でもない力の源が取り巻いていた。
ここへ来る前、彼は闇にまぎれてバーナディー卿の屋敷を訪れていた。
しかし庭師のヴィコはすでに仕事を始めていて、出かける様子もない。しばらく見張ってみたが、道の先から憲兵らしき気配がしたので慌ててその場を離れたのだった。
「本当にあいつらってのは、いつでも邪魔してくれるな……」
顔を出した太陽に目を細め、ジャンシールは口を尖らせた。
それでもできることはある。庭師が追えなければ迷宮に潜ろう、と決めていた。
朝焼けのりんご畑を下って町へ戻ろうとすると、光がそそぐ道に意外な姿を見つけた。ジャンシールは少しだけ迷ってから呼びかけた。
「やあアニス、いい夜明けだな!」




