表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/78

マルスの天井亭(3)

 怠け者のマルスは空を見るのが大好き。

 何べん言っても働かないので、怒った雇い主が納屋に閉じ込めてしまった。

 これでは空が見えないと、マルスは天井いっぱいに朝昼夜を描く。

 すると女神サイデアが現れた。

「何と見事な腕でしょう。天でわたくしに仕えなさい、その筆で夜空の穴を埋めるのです」

 星が夜ごとに動くのは、うってかわって仕事熱心になったマルスが、完璧な空を目指して何度も描き直しているから……



「“マルスの天井”。私の本にも、この話が」

 物語が織られたタペストリーを見上げ、アニスがつぶやいた。(ふところ)からあの童話集を取り出し、表題をなぞる。

「友人のためのものです。都の外で療養しているのですが、このところ具合が悪くて。できる限り容態を見ようと……」

 生真面目な目が上がり、ジャンシールをとらえた。

「調査を(ないがし)ろにしたいわけではないんです」

「いや、よくわかる。そういうことなら急ぐのも当然だ」

 ジャンシールは思いやりを込めて答えた。

 二人の様子を察したおかみさんが、そっと皿を置き離れていく。湯気を立てるひよこ豆のシチューと、チーズを添えたふかふかの黒パン。

 彼らは長いテーブルの端に並び、黙って料理を口に運んだ。


 ふと、アニスがジャンシールの手に目をとめた。

「その傷は?」

 スプーンを握る親指と人さし指の間に、赤い稲妻のような跡が走っている。彼は甲を撫でて苦笑した。

「光石づくりでしくじったんだ。線状熱傷っていって、未熟者の証さ」

「なるほど。エーテルの力は危険でもあると……」

 うなずいた彼女の声には思索の色が浮かんでいた。

「まったくの憶測ですが、ギルーが魔法素質の低下に悩んでいた形跡はないでしょうか」

「素質の低下?」

「ええ。それで非合法の魔導組織に関わった、という筋を考えたのですが」

 意外な意見に、ジャンシールは瞳の色を濃くして考え込んだ。

「そうだな、急にエーテルを見失う者もいるとは言うが…… ギルーは直前まで働いていたから、その線は薄そうだ。しかしよく思いついたな」

 彼女は魔導全般にうといとばかり思っていたので、ジャンシールは少なからず驚いた。それを悟ったのか、アニスは、

「故郷にいたころは、色々と耳に入りましたから」

とごまかすように食事に向き直った。



 見回りの時間があるといい、彼女は早々に席を立った。

 それでも店に入る前とは空気が変わっていた。微笑みこそないものの、誠実な物腰で相棒へ振り返る。

「今日こそ行政庁ですね。それでは後ほど」

「ああ、後でな」

 いい言葉だ、とジャンシールは思った。まだまだ先があるんだ。


 目深(まぶか)に制帽をかぶった彼女が扉の外へ消えると、静かに働きまわっていたロロがスッと寄ってきた。

「兵隊さん、女の人だったんだ! きれいな人だね、水の精霊さんみたい」

と柔和な目をびっくりさせている。

 皿を下げにきたおかみさんが「役得ってやつでしょジャンシール、あれじゃあ張り切るわけだわ」と意地悪く言う。

 魔導士は泡を食って二人を見た。

「よしてくれ、ただの仕事仲間だ! そりゃ何もないってことじゃないが……」

「大事な相棒さん? そういう感じだったもの」

 ロロが楽しそうに笑い声を立てる。

 ジャンシールはついつい笑顔を返したり、厨房からのけたたましい警告音に焦ったりと、昼の時間を(せわ)しなく終えることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ