暁に祈る(2)
壁ぎわに顔を向けると、水色の服の小姓がひっそりと立っている。茶色の髪をした華奢な女の子だ。
「ランドレン司教から、バーナディー卿にお会いできたか聞いておくようにと……」
「ああ! おかげさまで大助かりでした、と伝えてくれるかい」
少女に微笑みかけた彼は、前にも言葉を交わしたことがあると気づいた。
最初の聞き込みで、ギルーと会っていた謎の男…… おそらくは庭師のヴィコについて証言してくれた子だ。
こうして顔を合わせてみると、珍しい青さの瞳が大人しい顔立ちに不思議な魅力を与えていた。
「君も協力してくれたな。きっと彼を見つけるよ」
ジャンシールがうなずくと、小姓は見覚えのあるはにかみを示し「女神のご加護がありますように」と膝を折った。
「シーダ、花籠を取ってきて」と呼ぶ声に忙しく走っていった彼女を見送り、ジャンシールの心は少しだけ晴れた。
勢いがついたところでアニスに会おうとしたのだが、こちらは見事な空振りに終わってしまった。
「ああ、クウィントなら出かけたよ」
竜舎の裏の古い建物を訪ねた魔導士を、起きぬけの中年男が迷惑げに迎えた。朝日にかざした手が顔を隠す。
「こんなに早くから? いつ戻るかわかるかい」
「さあ、明日までにはね」
問い返す間もなく扉が閉ざされ、ジャンシールは引き返すしかなかった。通りぎわに竜舎をのぞいてみると、疾風号のものと思しき個房が一つだけ空いていた。
竜に乗っていくほどの遠出なのか、とどこか寂しい気分になる。とにかく、謝るのは明日に持ち越しだ。
仕方なく寮に戻った彼は小さな用事を片づけたり、下手くそな横笛を吹いたりしていたが、迷宮が目を覚ますころになるといそいそ腰を上げた。
考えるにしても歩きながらの方がいい。ひょっとしたら思いがけないものが見つかるかもしれない……
しかし機の悪さは重なるもので、ブーツの底をすり減らすだけに終わった。
すっかりくたびれて寮に戻ると、裏庭にいた数人が笑いながら手招いた。
「あーあ、がっかり猫。休息日は休まないとね」
「何だあ景気が悪いな、こいつは魂を入れ直さなけりゃ!」
とジャンシールの背を叩くのは先輩魔導士ノーリックだ。
「俺の魂は謎の中だよ」
「そうぶつくさ言うな。いいから来い、今日はおごってやるぞ」
彼が言うには、先日故郷から送られてきた荷物に「教会へ寄進するように」とあぶく銭が添えられていたのだという。
ジャンシールは妙な顔で彼を見た。
「寄付、するんだろう?」
「した、半分な。これは親父の負けさ、全額くれてやれなんて一言も書いてなかったからな」
ノーリックは自信たっぷりに胸を張ってみせ、一方の後輩は呆れ顔でつぶやく。
「ランドレン司教が聞いたら何ておっしゃるやら……」
「そりゃゼロよりずっといいって言うね。さあ、神にも並ぶ大事な仲間のために有り金使わせてくれ!」
彼がドンと胸叩いた瞬間、
「うわーやったぁご馳走さま、親父どの万歳!」
と甲高い声が降ってきた。
揃って見上げれば、起きたばかりのピオが窓から鳥の巣頭をつきだしているのだった。