バーナディーのお屋敷へ(2)
庭師の名はイリト・ヴィコといった。
「工事に関係した数字で印象に残っているものはないか。人数や金額、何でもいい。十、二十、三十……」
最後に尋ねてみると、ヴィコは一瞬だけ息を止めたようだった。
「これといってないよ。数がどうかしたのか?」
そう言った彼の表情を思い返し、ジャンシールは「嘘だな」とつぶやいた。
ヴィコと別れるやいなや執事に追い出された二人は、夕刻の道を戻っているところだった。
となりを歩くアニスがうなずく。
「失踪に関わっているかは置いて、ギルーと個人的な交流があったようですね。彼の行動を調べますか」
「そうしよう。しかし、あの屋敷に住み込みとなるとやりづらい……」
彼は空を見上げた。
層になった雲から陽の名残りが漏れ、複雑な陰影を描いている。
たっぷり遊んで家に駆けていく子供たち。荷引きのロバの影が道に伸び、町並みに明かりが灯りだす。まっすぐの道の先に、聖堂の尖塔とライムブロッサムが、きょう最後の太陽を受けて照り映えていた。
美しいじゃないか。
と、ジャンシールは思う。
ホークの言ったとおりだ。こんな町で魔導士として暮らせて、何の不満があったっていうんだ?
ギルーという人物は追いかけるほどにわからなくなっていくようだった。
人々のそぞろ歩く広場に辿りつき、ジャンシールは目を見開いた。視線の彼方に四角い建物がのぞいている。
「……そうだ、行政庁!」
と、アニスへ顔を上げた。
「管理部にいたってことは、ギルーはあっちにも顔を出していたかもしれない。ちょうど退庁どきだ、行ってみよう」
彼は目を輝かせたが、相棒は「今からですか? しかし……」と言いよどんだ。
「あんたの時間がないのはわかる。でも今だけつきあってくれないか、お願いだ」
と必死に告げたその時、教会の鐘が鳴り始めた。
アニスはわずかに表情を歪めて立ち止まったが、長く伸びた音が止むと「……すみません」と背を向けようとした。
「待ってくれ、頼む!」
慌てたジャンシールは夢中で紺のマントをつかむ。急に引っぱられた彼女が大きくよろめく。
その拍子に、何かが石畳に落ちた。
「あっ、悪い」
ハッとなったジャンシールが何だかわからないまま拾い上げる。急いで差し出してから、それが小さな本だと気づいた。青の表紙に繊細な金の文字……
「童話を読むのか?」
彼の言葉は素直な質問にすぎなかった。
しかし、アニスは鷹のような鋭さで本を奪い返した。きつく引き結んだ唇とひそめた眉に初めて見せる怒りを浮かべて。
彼女は何も言わなかった。ジャンシールが息を飲んだ隙に、風のように去っていった。
「すまない……」
呆然とした魔導士の小さな声だけがその場に残り、やがてそれも訪れた夜に溶けてしまった。
(第二章 了 )
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
次話より第三章に入ります。




