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御手の導き(1)

 失踪者は、魔導士の証を置き去りにした。

 熱心で優秀だったギルー。彼が魔導を捨てたとしたら、余程のことが起きたに違いない……


 ジャンシールは迷宮へ風を送りながら考え込む。町中に立つ換気口は吹きさらしだが、身体をめぐるエーテルが彼を温めていた。

「お待たせ、交代だ!」

という声に、ハッと顔を向ける。先輩魔導士が家々の間をやってくる所だった。

「やあノーリック。後を頼む……」

「何だよ、干物(ひもの)みたいな声出して」

 福々しい顔で笑うノーリックだが、後輩の様子を見ると(とび)色の目を曇らせた。

「ギルーが怪しいって、本当か?」

 かつて管理部に所属していた彼は、失踪者とも面識がある。ジャンシールが調査のはじめに話を聞いたのも、このノーリックだった。

「まだ確かじゃないが、魔導士の装いを避けてどこかに行ったとなると…… いい話じゃなさそうなんだ」 

 慎重な答えに、ノーリックが「そうか……」とうなずく。

「どんな訳があろうが、あいつも魔導の仲間だからな。手伝えることがあれば何でも言ってくれ」

 力強く肩を叩かれ、ジャンシールはやっと笑みを返した。

「さすが大商家の御曹司は言うことが違う。それじゃあ憂さ晴らしに手を貸してもらおうか」

「昼間から酒の顔するな、酔いどれ猫。元気が足りなきゃこいつを連れてきな!」

と、魔法のようにりんごを取り出し、投げてよこす。朗らかに送り出されたジャンシールは、真っ赤な実をかじりながら中心へ引き返し始めた。



 教会に差しかかったとき、

「あっ、猫魔導士さん!」

と声がした。

 庭園から手を振るのはランドレン司教、濃い金色の巻き毛を太陽に輝かせている。

「司教さ…… 法衣はどうされたんですか?」

と、ジャンシールは目を丸くして相手を眺めた。輝く純白の衣ではなく、地味な司祭服姿だ。

 相手は「寒いです」と自分の服装を寂しそうに見下ろした。

「ついさっき、お茶をひっくり返しました。二日ぶりの今月三回目です……」

 通りがかった小姓の女の子が、「四回目ですよ司教様!」と洗濯かごを振り上げ訂正していく。ややしょんぼりしたランドレンだが、気を取り直し、

「その後、ギルーさんはいかがですか?」

と柵に寄りかかった。


「行方については、まだ何も。知り合いらしい男も特定できないんです」

 力なく答えたジャンシールが、はたと顔を上げる。

「司教様、彼の懺悔(ざんげ)か何か聞いてやしませんか!? 悩みでも愚痴でも……」

「おやおや、仮に聞いていてもこればかりはお伝えできませんよ。信徒の告白は、みな等しく女神への預けものですからね」

 困り笑顔のランドレンが首をかしげたので、ジャンシールは「ですね」と頭を掻いた。司教は(とが)めることもなく、くだけた調子で腕組みする。

「そういえば、バーナディー(きょう)のお屋敷へは行かれたのですか? ギルーさんが仕事で通っていましたよね」

「それ! それが理由をつけて会ってくれないんです。警戒してるのか面倒なのか両方かで」

 もしくは、後ろ暗い何かがあるのか、だ。



 富裕層の集まる第二区に堂々たる邸宅を構えるバーナディーは、数年前からギルーと関

わりを持っていた。

 庭の水路を増やす大工事を控えたこのごろは、水の抜き入れに魔導士を借りたいと頻繁(ひんぱん)に相談していたらしい。

 が、本当にそれだけだったかどうかはつついてみないとわからない。

 アニスとともに何度か訪ねていたが、執事が慇懃無礼に(あるじ)の不在を告げるだけだった。

「いつでも空っぽなら誰のための屋敷なんだ? 使わないなら俺にくれ、こちらさんの竜の寝床にする」

 しびれを切らしたジャンシールが嫌味を言っても、

「そのようにお伝えいたします」

と聞き飽きた返事をちょうだいするのみ。すごすご引き返し、ジャンシールは相棒に苦笑してみせた。

「鉄の門番だ。その制服の威光も貴族には通じないな」

「あなたが思うほど、騎竜隊の地位は高くありませんよ」

 思い当たることがあるのか、彼女もうっすらと笑みを浮かべている。ジャンシールが嬉しくなったとき、視線を前に戻したアニスがつぶやいた。

「……特に、あちらに比べれば」

 つられて顔を向ける。豪邸に挟まれた広い道を、馬に乗った憲兵…… ゼルガーがやってくるところだった。

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