竜の遠雷(1)
三十から零。
ギルーが残した謎の言葉を聞いたアニスは、
「量、回数、それとも温度……」
とつぶやいた。
「そう、何かの数。それが失踪の理由に関わってると思うんだ」
ジャンシールも考え込む。休息日の翌日、二人は冷たい小雨の中を歩いていた。
単身で聞き込みをしたと白状されたアニスは、「手がかりが見つかってよかったですね」と平板に片づけたが、その内容には興味を示したようだった。
「ローザングラスに数字と、ギルーの身辺が怪しくなってきましたね。モロワ所長は何と仰ったのですか?」
「すっかり心配してる、悪い話が隠れてるんじゃないかって。確かにそういう魔導士ってのはゼロじゃないんだ、残念ながら」
と相棒を見上げる。
アニスがまばたきをして記憶を探った。
「以前、王都の方で事件がありましたね。でたらめな魔導をかかげて寄付を集めた組織が、大金ごと消えてしまったとか……」
「もっとせこい悪事もある。俺の最初の任地では、裏金をもらって畑の水量を増やしてたやつがいた。エーテルで水を押すだろ、それでちょいちょいってね。みみっちくて嫌になる」
アニスは思わず相棒を見下ろした。深くかぶったフードの中、ほの白い顔に意外そうな表情が浮かんでいる。
「イェリガルディンの前はどこに?」
「ずっと西の、カヌっていう町。知ってるか?」
「産業に乏しい僻地ですね」
正確な知識だ、とジャンシールが笑った。
「その僻地の水が合わなくて、二年もしないで逃げ出した…… おっと、そこだな。竜は大丈夫かい」
「ええ、ここに」
騎竜兵がマントを持ち上げると、青い制服の腕に鉄色の生き物がしがみついて
いた。
肘のあたりに丸い頭を据え、ぼってりとした尾がアニスの手からはみ出すほどの大きさ。急に冷え込み出したとあって、ひもに通した熱石を背負い身体を温めている。
「よ、よろしく頼むぞ遠雷号」
ジャンシールが恐々のぞき込むと、芥子の実の粒のような目が見上げてきた。
「怒らせなければ噛みませんよ。ただ、胴のふちの鱗が爪のように硬いので気をつけてください、削っていますがすぐ伸びるんです。さあどうぞ」
「あっいや、俺は持たなくていいんだ。本当に……」
大人しくなったジャンシールを、アニスはそっと観察する。
よくはずむ毬のような男だと感じていたが、カヌの町から逃げてきたと語った声には今までにない陰りがあった。
詳しく聞いてみようかと思った時、
「行こう」
と魔導士がうながし、彼女は口をつぐんで従った。




