イェリガルディン迷宮(5)
ローザングラスを置いていたのは、ホークが目星をつけたうちの三軒目だった。
「いらっしゃいエーテルさん、どんな御用……」
と顔を出した若い女は、フードを下げたジャンシールを見るとハッとして言葉を切った。黒い髪と緑の目は陽の届かない迷宮でも浮き上がる。
そんなに警戒してくれるなよ、と彼はこっそり苦笑する。慣れてはいるけど傷つかないわけじゃない。
店の女は「あのう、何か?」と短く問い直した。
相手の表情に怯えを見て取り、ジャンシールは「人を探してる」とできるだけ穏やかに話し出す。
「ローザングラスを買っていった魔導士に心当たりはないか? ハドマント・ギルーっていって、二十代半ば。暗い金髪に茶色の目、背は中くらいでややがっしりして……」
伝え聞いた人相を読み上げるように唱え、最後にしっかり相手を見つめた。
「先月より前のことなんだ。思い出してほしい」
「そう言われても……」
と、女は巻き上げた髪をいじる。
店の奥をちらちら振り返るのは、主に見とがめられるのを気にしているのかもしれない。ついに首を横に振った。
「その、わからないわ。あたし覚え悪くて、鈍いから」
しかしジャンシールは、スカートを握ったり放したりと落ちつかない女に笑いかけた。
「おっと、そいつは思い込みだ。お嬢さんじゅうぶん聡い顔立ちをしてるとも、女神にかけて!」
人懐っこさがのぞく口調に、女は「あら、そんな」と笑みを走らせた。少し迷ってから真剣な面持ちに変わり、
「その人、どうかして消えちゃったのね」
と小さく尋ねる。
そしてジャンシールがうなずくと、視線を落としてこう言った。
「待って。考えるから」
対面の魔導士も静かにたたずむ。
色々な草の混ざった香りとランプの熱、地下街に響く喧騒。流れ込んだエーテルの気配。
それらを一緒くたに感じて目を閉じているところに、言葉が飛び入った。
「三十から、零」
「何だって?」
ぱちっとまぶたを上げ、売り子と視線を交わす。彼女は長い夢が覚めたというような、抜けるような表情でまばたきをくり返し、
「そうだわ。きっとその人よ!」
と声を大きくして、慌てて口をふさいだ。
これにはジャンシールも沸き立った。
「その言葉、ギルーが?」
「ええ、そんなことつぶやいてた。あのひと考えごとに夢中で、あたしお代くださいって二回も声かけなきゃならなかったんだわ」
話すうちに記憶が鮮明になったらしく、女は何度もうなずいていた。
「三十から零……」
店を後にしたジャンシールは路地を行きながらくり返す。
そうするほどに、これがギルー失踪に関わっているに違いないという思いが強くなっていった。




