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イェリガルディン迷宮(4)

「客がないからって明かりをけちるなよ。転げ落ちるかと思った」

 すでに見知った仲であるジャンシールは、気楽な笑顔で薬屋の肩を叩いた。

「はっ、落っこちたって回って着地だろうが」

 青年を導き入れたホークは湯わかしに火を入れ、ついでにろうそくを増やす。

 小さな棚に天秤や()り鉢が転がる、という薬屋の体面をかろうじて保った部屋が浮かび上がった。

「腹が減っとるならそこの筒焼きパンでも()れ。爺には多すぎる」

と話すとおり、彼は小さな老人だ。

 背はジャンシールと並ぶくらいだが針金のように痩せていて、いっそう小柄に感じられる。細長く尖った顎には深いしわが刻まれていた。

 しかし、彼と初めて会う者は齢も体格も気にかけない。

 浅黒い肌に燃えるような赤毛、そしてくっきりと濃い青の瞳。その鮮烈な色たちが、ホーク個人の存在を隅に押しやってしまうからだった。


「あんたの昼飯だろ。たかりに来たんじゃないぜ」

と、ジャンシールが敷物に腰を下ろす。

 この部屋に椅子はない。床に座って盆の上の食物を囲むのがホークの故郷の習慣であり、リートスク王国で過ごしてきた数十年、彼がそれを変えることはなかった。

「いいから食ってけ。さて、今日のお前さんは……」

 深い色の目がジャンシールを見透かす。

「探し物に迷っとる」

 これはエーテルとは違った彼の力。はるかな海の民の不思議な直感だった。

 そして俺はブルネの山の民で、本物の海なんて見たこともないんだ。

 ジャンシールはおかしく思う。この老人と二人で向かい合うとき、小さな部屋はどこでもない国のように感じられた。



 ひと通りの事情を聞き、差し出された(びん)を確かめたホークは、

「きな臭いな」

とつぶやいた。

「爆薬に使う草か?」

 大真面目のジャンシールに「状況が、だ。もっと勉強せんか」と薬屋が渋い視線をよこす。ふたたび残り香を嗅いだ彼は、

「ローザングラス。効能は集中力の昂進と持続。作戦を練る上級兵士なんかが使ったもんだ、昔の話だが」

と遠い目をした。

「へえ、よく効くんだな。そいつをかじれば俺も(ひらめ)けるのか」

 ジャンシールが身を乗り出し、ホークはやれやれと首を振る。

「極度に神経を尖らせるわけだ、劇薬に近いぞ。縁があるのは夜の通りの者か、せいぜい夜警の赤服ぐらいだろう」


 赤服といえば憲兵、憲兵といえばあのゼルガー。つい連想したジャンシールは、「何だ、あいつらとお揃いならごめんだぜ」と苦い顔をした。

「だからきな臭いと言ったんだ。並の魔導士が一晩じゅう目をカッカさせる必要があるか?」

 薬屋は問いかけるように友人を見る。この話にいい印象を持たなかったらしい。

「この都に拾われた恩があるのはわかるがね。あまり力を入れちゃ肩透かしを食うかもしれんぞ、猫よ」

「その時は透かされた肩を治す薬を作ってくれ。それより、ローザングラスはどれかな店主どの?」

 貧弱な棚を見回す彼に、ホークが「下手な芝居しくさって」と鼻を鳴らした。

「こんな店で扱う代物(しろもの)じゃない。まあ、稀少な分たどるのは楽なはずだ」

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