イェリガルディン迷宮(3)
それに気づいたのは、ギルーの部屋をもう一度おとずれ、物置き棚を片っぱしから確かめていたときだった。
空の壜を取り上げたジャンシールは、何気なく蓋を外して「ん?」と顔をしかめた。
「何の草だろう。匂いが残ってる、ほら」
と壜の口をアニスへ向けると、直撃を受けた彼女は「うっ」と引きつった。
表情が大きく動くのを見たのは初めてで、こういう顔もするんだなとジャンシールはホッとした。涼しい目もとを苦しげに歪め、アニスが言う。
「残り香のくせに脳天に突きぬけますね…… 遠雷号にはとても嗅がせられない」
後のつぶやきは独りごとらしかったが、彼は思わず尋ねた。
「相棒は疾風号じゃなかったか? それとも心変わりかい」
「いえ、別の種の小型竜です。鼻がいいので害虫駆除に出動します、たいていは農家の依頼ですが」
ここで魔導士がひらめき声を上げた。
「そっ、それ! そいつを貸してくれないか!」
「魔導庁に虫が湧いたのですか?」
「うちの庁舎は清潔だ! こっちの話だよ、ギルーの匂いを辿らせたらその先に手がかりが」
「虫しか出てこないと思いますよ。人間については、私を追う以外の訓練をしていませんので」
「そう……」
盛り上がりを即座に鎮火させられたジャンシールだが、
「いいさ、何でもやってみよう。出動を頼めるか?」
と気を取り直した。
小さな助っ人には休息日明けに会えるはずだ。それまでにわずかでも情報を集めておきたい。
そこで気になったのがあの空き壜だ。
「この匂い、何だと思う? 当てた者にはりんご酒一杯」
と聞いて回ったが、ピオから所長まで首をひねるばかり。
珍しい品。
ということは怪しい。
「短絡思考じゃないぞ。直感だ」
ジャンシールは自分に言い聞かせ、謎の薬草を追ってみることにしたのだった。頼るべきは、専門家だ。
迷宮のにぎわいを外れた彼は、縁に近い路地に入り込んだ。道の明かりは減り、細々した建物がひしめき合っている。
「ここだったか……」
と石組みのアーチをくぐると目の前に壁が現れた。はずれ、と頭を掻いて引き返す。
こんなふうに塞がれた横道はたくさんあり、百年前よりは歩きやすくなったと冗談半分に言われていた。
しかしジャンシールはこの辺りにめっぽう弱く、たいていは迷っている彼を目指す相手が見つけることになる。
この日も同じで、何度目かの行き戻りの最中、
「おや、迷い猫」
としわがれた声が降ってきた。
「ホーク! よかった、潰れてなかったか!」
安堵したジャンシールはかたわらの建物をふり仰ぐ。
両側からぎゅっと押され、肩身の狭そうな石の家。上の方には小鳥の玄関ほどの窓があり、のぞいていた顔が素早く引っ込む。
代わって出てきた手が、「上がれ」と客を呼んだ。
手すりを頼りに傾いた階段を踏んでいく。先の扉が開くとようやく光が漏れ、迎える店主の片眼鏡をキラリと光らせた。




