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イェリガルディン迷宮(2)

 それは町の中心部の真下に広がっている。

 ジャンシールは、地上に点在する入り口を今しもくぐったところだ。長い勾配の終わりに待っているのが、地下迷宮…… イェリガルディンの隠れた象徴だった。

 道の一端に辿りつき、先を見通す。

 迷宮を支えるのは十字型の本通りだ。間を埋めるように路地が広がった結果、複雑で大きな地下街が形成され、戦乱の世には機密保持にも使われたと言われている。

 そして平和な現在、この場の主役は商売人たちだった。


 太陽の代わりに輝くのは道々に掲げられた光石、ろうそく灯、思い思いのランプたち。ちょっと歩けば、

「エーテル使いさん、ブーツはすり減ってない?」

「丈夫なマントを仕立てますよ! 刺繍(ししゅう)を一文字おまけします」

「さあさ芝居が始まるよぉ……」

と、たちまちにぎやかな声がかかる。ざわめきを逃れて顔を上げると、はるか換気口から地上の気配が降りてくる不思議な場所。

 ここにないものはない、迷宮に入れば探しものが見つかる。

 そう言われていて、休息日には都の端からも人がやってくるのだった。


 ギルーがイェリガルディンを出たという確証はなかった。

 まだ町のどこかに、ともすればこの迷宮に潜んでいるのではないか、とジャンシールは考え、相棒にもそう話してあった。

「独立した地下室だってたくさんあるからな。隠れ場所なら数え切れない」

「彼には、急に身を隠さなければならない理由があったということですか?」

 アニスが冷静に尋ねる。

 ジャンシールは寒風に吹かれながら広場の大樹を見上げた。枝葉がざわざわと鳴る。

「うん、気まぐれで消えそうなやつじゃないだろう。家を出たのが本人の意志なら、その先に明確な目的があったはずだ。何かを探しに出たのか……」

「あるいは、誰かに呼ばれたか」

 彼女のつぶやきに、ジャンシールは素早く顔を向けた。

 いまだ謎のままの知人を除き、ギルーと深いつながりを持つとしたら魔導士の誰かだと考えるのが自然だ。

「憶測ですよ」

 アニスが落ちついてつけ足したとき、夕刻を告げる鐘が鳴った。

 背筋を伸ばし歩み去る相棒を見送りながら、ジャンシールは不安げにまばたきを繰り返していた。

 仲間が、庁から隠れた所でつながりを作っている……?



 その疑念から思い浮かぶことがある。

 エーテル魔法は、長い時間をかけ、たくさんの者の手によって研究されてきた。そうして見つけられた安全な制御法だけが“魔導”として定義されている。

 それは順序だてて慎重に学ぶべきもので、だからこそ国による訓練所が開かれているのだが、時としてそこから外れる(やから)が現れる。

「金を払えば魔導を教えてやる。訓練所よりずっと早く覚えられる」

 そんな言葉で素質のある者を誘い、自己流の無謀な教育をほどこし……

 十に一つも、物にならない。

 なので、似非(えせ)魔導士の逃げ足が速馬並みでないかぎり金を返せだのなんだのといさかいを起こし、憲兵に見つかって両成敗となる。人の集まる土地では時たまそんな騒ぎが聞こえてくるのだった。


 しかし、イェリガルディン支所にかぎってそんな馬鹿をする者はいない。

 そう証明するためにもジャンシールは急いでいた。本来ならアニスを伴わなくてはいけないが、休息日にかこつけて単身で調査を進めようというわけだ。

 やる気はじゅうぶんだった。見つけたばかりの手がかりが一つある。

 彼は腰に下げた袋から透明な(びん)を取り出し、光に透かしてつぶやいた。

「さあ、あの薬屋もどきが開いてますように!」

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