イェリガルディン迷宮(1)
(第二章 導入)
風変わりな相棒アニスと組むことになったジャンシール。
憲兵に睨まれながらも消えた魔導士を追い、ある手がかりを掴む。彼はそれを頼りに迷宮と呼ばれる場所へ向かう。
手のひらに乗る半透明の石をじっと見つめる。
空いた手をかぶせるようにして、ゆっくりエーテルの流れを閉じ込めていく。ほのかな熱を感じたかと思うと、石の中心に生まれた光の種がじわり広がり始めた。
ジャンシールは、
「これで五十個」
と満足げにつぶやく。
こちらは不透明の熱石を造っているピオが、
「僕四十三、なんだか調子が出ないよ」
と空いた手をぶらぶら振った。向かいに座る仲間が「いつもは誰より早いのに。さては昨日飲みすぎた?」といぶかしむ。
ピオが「まさか、この通りさ!」と長い背筋を伸ばすのを横目にジャンシールは言ってやった。
「ご名答だろ。押しても引いても起きないから揃って遅刻したんじゃないか」
「うう、口の軽い猫だなあ……」
と友人が頭を掻いて部屋に笑いがはじける。
皆と一緒に笑うジャンシールだが、頭の隅には消えた男の幻が浮かんでいた。
調査を始めてから、すでに十日が過ぎた。
ギルーの行方も、彼と会っていた謎の男についても進展はないまま。ついに借り部屋の期限が来てしまったのだが、
「せめて十一月のうちは留めておきましょう。彼が帰ったなら、もとの暮らしに戻れるように」
とモロワ所長が身銭を切ったのでジャンシールは驚いた。
「情に厚いのは知ってましたがね。あんたが女神に見えてきましたよ」
「貸しよ、利子つきの。どうかギルーに返してほしいものだわ……」
彼女は執務室の卓で大きな顔をしかめた。怒っているようにしか見えないが不安を表しているのだ。
「俺は諦めません。きっと見つけます」
調査員のひたむきな言葉に、所長はふと目線を上げた。
「クウィント隊員とはどう? 何も言わないということは、うまくやっているのでしょうけど」
「ええっと……」
ジャンシールは右に首をかしげた。
次に左へかしげる。
それからようやく「……はい!」と答えたので、所長の渋面は晴れなかった。
彼の返事は嘘ではない。アニスとは揉めることもなく穏便に協働している……
というより、ぶつかり合うような場面がない。
「あんたは俺の出自が気にならないのか」
そう聞いてみたのは、ゼルガーとやりあった次の日だった。アニスは「ええ、特に」とそっけなく返す。
俺に興味がないのだ、欠片も。
この割り切りぶりは有難いが、同時にやりにくくもあった。
彼女はジャンシールが西へ行くと言えば西へ、東なら東へ黙ってついてくる。聞けば答えるし自分から考えを話すこともある。
しかし鐘が鳴ると「では」の一言で消えてしまい、まるで時間制限つきの影が増えたようだった。
「もう少し…… 何というか、力を合わせたいんだが。いまいち相棒って気がしないんだ」
と、ジャンシールは光石を積み上げて首をひねるしかない。
逐一なりゆきを聞いているピオが、「でもさあ」と口を挟む。
「クウィントさんはエーテルに遠い人なんだよね? 見ず知らずの魔導士がいなくなったって、あんまり熱心になれないのも仕方ないかもよ」
「そういうものか……」
ジャンシールもうなずくが、このままでは埒が明かない。多少の裏道を使うしかないだろうと彼は決めた。
そうしてやってきた、身分記章を外す休息日。
礼拝を終えたジャンシールが向かったのは、もう一つのイェリガルディン、迷宮だった。




