魔導調査員ジャンシール(1)
「ジャンシール、ジャンシール・テアドレ!」
その声は差しこむ西日をつらぬき、回廊をゆく影のひとつが立ち止まった。
魔導士たちはみな同じような格好をする。丸くたわんだマントに先のとがった大きなフード、厚い革のブーツ。つらなる三角頭巾から目当ての者を見つけるには、とりあえず名前を呼ぶのが近道だ。
「俺です」
とふり向いた瞳は、夕陽をはね返す鮮やかな緑色をしている。
「所長がお呼びだ。顔を出してから退庁するように」
年配の魔導士が伝えると、青年のアーモンドに似た目は疑問をもって大きく開いた。
先に進んでいた仲間が、「首領がお怒りだ」「何をやらかしたの、黒猫ジャン」とからかいの言葉をかける。
「さあ、どれがばれたのか聞いてくる。また明日!」
威勢よく手をあげ、ジャンシールは庁舎の奥へと引き返した。
秋の盛りを過ぎた今日に窓からの風は冷たく、彼は苔色のマントをしっかりかき合わせる。くすんだ金属にふちどられた扉の前に立つと、ようやくフードを下ろした。
ノックの音には子供のような快活さがあふれていた。
「夜も近いですね、モロワ所長。日の別れにこの顔をご覧になりたいとか?」
と身軽に入ってきた小柄な青年を、執務室の主が卓から出迎える。
「ええ、よい面がまえだこと。壁に据えて飾りたいわね」
にこり、というよりニヤリと返すのは、魔導庁イェリガルディン支所を束ねるオディカ・モロワだ。どっしりした老婦人で、大づくりな目鼻は向かい合う者を一歩退かせる迫力がある。
圧力にも慣れっこのジャンシールは親しげに口を開いた。
「俺の首を取りたいわけじゃないでしょう? 急な呼びつけなんてあんたらしくない」
所長はすぐに答えず、寸づまりの手指をひらひらさせて前の椅子を示す。
ひょいと腰かけた青年が「本当に、どうしたんです」と真面目な顔を上げると、波打つ黒い髪に複雑な影が生まれた。
「ジャンシール。あなたは、ハドマント・ギルーと面識がありましたか」
「ハドマント…… 庁の者ですか?」
モロワ所長は、彼の反応をうかがいつつゆっくりうなずいた。
「あなたより少し年上で、管理部で第二区を担当しています」
ジャンシールは緑の目を細くして考え込んだ。
小さくまとまった輪郭だが骨格は強く、頬の線にうっすらと野性味を感じさせる。黒猫とは仲間たちも上手いあだ名をつけたものだ、と所長は用事を忘れて感心した。
その黒猫が白旗をあげた。
「さあ、部署が遠いですね。俺は平だから」
と首をかしげる。この狭からぬ北の都には多くの魔導士が働き、ふだん顔を合わせない者も多いのだ。
「顔を見ればもしかしたら…… そのギルーがどうかしましたか?」
彼が問うと、所長は静かに告げた。
「それを探ってほしいのですよ。二日前、ギルーは突然に姿を消しました」




