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ボウケンシャギルドってなんですか?

 それは、ある晴れた日のことでした。

 友人と買い物の約束をしていた私は待ち合わせ場所に向かっていました。今日は服屋を見て周ったあと、美味しいお菓子の店を紹介してもらい、帰りは市場を通っていこう、などと考えていたと思います。


「ねえ君」


 とても良い気分で歩いていた私に、知らない男性が声をかけてきました。

 男性といっても、年齢は当時の私とあまり変わらなかったと思います。恐らく15か16辺りではないでしょうか。ただ、男の子や少年という雰囲気でもなかったので、ここでは男性としておきます。

 男性は黒髪でした。ええ、本当に真っ黒で驚きました。顔つきは明らかに異国生まれのそれで、服装も見たことのない独特なものを身につけていました。


「はい、なにか御用でしょうか?」


「ボウケンシャギルドがどこにあるのか知らないか」


「ボウケ……すみません、もう一度言っていただけますか?」


「ボウケンシャギルド、だ」


「さあ?初めて聞く言葉ですね。もしかしたら、この街では呼び方が違うのかもしれません。ボウケンシャギルドとは、どのようなものなのですか?」


 今思えば、この時点で大人しく「いいえ、知りません」と言って立ち去ることもできました。

 しかしまだ若かった私は、黒髪の男性が話す不思議な言葉に興味が湧いてしまったのです。待ち合わせの時間まで少し余裕があったのも後押ししました。


「えーと、ボウケンシャギルドっていうのは、ボウケンシャが集まる場所のことだ」


「ボウケンシャ?」


「……おかしいな、ちゃんと翻訳されてるのか?」


 翻訳。意味は変えずに別の言語に言い換えること。つまりボウケンシャギルドとボウケンシャが異国の言葉だということがわかりました。男性の疑問に答えるなら「全く翻訳できていない」となります。


「ボウケンシャ、とはなんでしょう?」


「そうだなあ……ボウケンシャってのは、クエストを受けてパーティでダンジョンに行って剣とかスキルとかマホウでモンスターと戦ったりする人のことだ」


「えっ……と……?」


 知らない言葉の意味を聞いたら知らない言葉が増えました。不思議ですね。

 国が違えば言語や文化が違うのは当然ですが、この男性は全く違う世界から来たのではないか、そんな気がしました。


 私はもう一度ボウケンシャの説明をお願いしました。今度はきちんと用紙に書き留めて、後で調べられるようにしておきます。

 といっても、ボウケンシャそのものに興味が湧いたわけではありません。恐らくこの時の私は、知らないことを知らないままで終わらせるのがなんとなく嫌だったのだと思います。言葉の意味はわからないけど発音だけ知っているのは意外と歯痒いものなのです。


 さて、男性の言葉を書き留めている最中、ボウケンシャとはいったい何なのか、一つ思い浮かぶことがありました。


「もしかして、兵士さんのことでしょうか?」


「兵士って城に雇われて鎧を着ている人たちだろ?ああいうのじゃないんだよなあ」


 残念、違いました。剣で戦うといえば私の中では兵士でした。槍や弓を使っているところも何回か見たことがあります。

 ボウケンシャが兵士なら、ボウケンシャギルドが兵舎を指していることになって一気に解決だと思ったのですが、世の中そううまくはいきません。


「ボウケンシャは誰にも縛られずに、自由に色々なところに行って腕を磨くんだ」


「それなら旅人さんでしょうか。一人旅に護身術は欠かせないと聞きます」


「旅人……うーん……」


 どうやら旅人でもないようです。あとは劇団員の皆さんが思い浮かびましたが、彼らは劇をするのであって戦うわけではありませんし、危なくて重い本物の剣は使いません。念のために聞いてみたところ、やはり違いました。

 このままでは埒があかないと思った私は、とりあえず他の言葉の意味を尋ねてみることにしました。


「ところで、クエストとはなんですか?」


「うーん、依頼みたいなものかな。色々な人からの依頼を受けて、ボウケンシャは依頼主から報酬を貰うんだ」


「ほうほう」


 クエストは依頼という意味。一歩前進です。この調子で片っ端から聞いていきます。


「パーティとはなんですか?」


「一緒に依頼を受ける仲間のことだ」


「ダンジョンとはなんですか?」


「洞窟とか遺跡みたいな場所、かな」


「つまり?」


「つまり……なんだろう?」


「では、スキルとはなんですか?」


「スキル、は……特別な力を使って不思議なことをすること、かな」


「マホウとはなんですか?」


「不思議な力を使って不思議なことをするんだ」


「ん?それってスキルと何が違うんですか?」


「えーと……そうだ!マホウを使うにはマリョクが必要なんだ!」


「マリョク?」


「マリョクは、こう……体の中を流れている力のことで……」


「ああ、血液のことですね」


「……まあ間違ってはいない……のか?血に多く含まれてるって言うし」


「モンスターとはなんですか?」


「スライムとかゴブリンとか……」


「スラ……?」


「いや、えーと……大きい動物のこと、だ」


 男性の話をまとめると、ボウケンシャというのは、依頼を受けて仲間と洞窟や遺跡に行き、剣や血液を使って大きな動物と戦ってお金を稼ぐ方のことでした。そのような方々が集まる場所がボウケンシャギルドというわけですね。何のことかさっぱり理解できませんでしたが、異国には変わったお仕事があることがわかりました。

 困った私は、男性に役所へ行くように勧め、場所を教え、これまでに得た情報を用紙にまとめ直してから渡しました。これは役所の職員が今のような質問責めを行う手間を省けるように、という私なりの配慮です。

 別れる際、男性が「君も一緒に来てくれないか」と頼んできましたが、丁重にお断りしました。友人との約束の時間が迫っていたからです。決して面倒になって役所に押し付けたわけではありません。


 それ以降、男性の姿を見かけることは一度もありませんでした。

 きっとボウケンシャギルドを探して、遠くの土地へ旅に出たのでしょう。ボウケンシャは様々なところへ行くそうですから。

 私も暇な時に調べてみたのですが、どのような本や資料にも男性の話した言葉は載っておらず、遠くの土地からやってきた方に尋ねても誰も知りませんでした。もしかしたら、一部の人間同士だけで通じる秘密の暗号だった可能性もあります。その場合はお手上げですね。

 あの男性は無事にボウケンシャギルドを見つけてボウケンシャに会うことができたのか。それが少しだけ気がかりです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 少し不思議な話(SF)の匂いのする妙文! 最後まで引き込まれました。 ……いったい彼は何だったのか? 答えが出なかったのが良かったです。 でも正直気になる!
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