その3
*
南校舎二階の一番奥。
そこに音楽室はあった。
無駄に広い学校のくせに、音楽室は一つしかない。普通は第二、第三と複数の音楽室があるものじゃないのか。けれどそれは俺の中での常識なだけで、世間では常識じゃないのかもしれない。
それでも、生徒数に対して音楽室が一つとはなかなかに厳しいだろう。
そうくだらないことを考えながら歩いていれば、ふとピアノの音が聞こえた。軽やかな音だった。何の曲かは分からないが、聞いたことはある気がする。
たぶんクラシックだ。
俺が歩いている廊下の先から聞こえてくる旋律は、羽のように軽くて、煌びやかな色を放っている。耳触りが良く、心を落ち着かせてくれる綺麗なメロディだった。
これを弾いている人物は、きっとかなりの腕前だろう。素人の俺でもなんとなく分かる気がする。
半ばその音に惹かれるかのように足を速め、俺は音楽室の前までやってきた。穏やかな旋律はこの奥から聞こえる。
その音をかき消さないようにそっと扉を開けば、そこには立ったままピアノを弾く一人の女子生徒がいた。
その生徒にはもちろん見覚えがある。
地毛だと言い張る赤茶の髪に、短めのスカート。腕まくりされた制服。
ピアノを弾いていたのは、北原だった。
「……繋?」
ぷつりと音が止み、宙を揺蕩っていた温かい音色が床に転がった。振り返った北原は、いつものスポーツ女子ではなく、大人の雰囲気を纏った違う世界の人間のように見えた。
「ごめん、邪魔しちゃったかな」
「いや、そろそろ集中力切れてきたところだしいいよ」
北原はゆっくりと鍵盤蓋を閉じながら答えた。ピアノの前に用意された椅子に腰かけると、北原は艶やかな黒色のピアノを見つめた。
「音楽室の鍵、北原が持ってたんだ」
「あぁ。ちょっくら拝借させてもらったよ」
「一吹と同じことするんだね」
「はぁ?アイツと一緒にすんな」
「ごめんごめん。でも、みんな調べたい気持ちは一緒なんだね」
急に睨みを利かせてきた北原に謝罪しながら、音楽室内を見回した。
音楽室には、何かを調べた形跡があった。楽譜が仕舞われている棚は開けっ放しだし、準備室に繋がる扉も開いている。極めつけは、棚の前に散らばった楽譜と教科書だ。大量の音符が書かれたそれは、乱雑に放置されている。
「北原って、ピアノ弾けたんだ」
一番気になっていたことを呟いた。彼女は、スポーツにステータスを全て振り分けたような人だ。ピアノを弾けるだなんて聞いたことがない。これまで一度も、彼女の口からピアノの話を聞いたこともなかった。
「あぁ、不思議だよな」
「不思議って、自分のことなのに?」
「だってさ、アタシ、今初めてピアノ弾いたんだよ?」
複雑そうな顔で笑う北原の言葉に、俺は目を丸くする。
初めて弾いた?
そんなわけないだろう。
だって、あんなに完璧な旋律だったんだ。一度に限らず、幼少期からピアノを弾いているレベルだろう。
初めて弾いてあのレベルならば、彼女はピアニストの才能がある。
「なんとなく音楽に触れたくなってさ、この部屋に来たんだ。んで、楽譜見たらピアノ弾きたくなって……そしたら、手が勝手にピアノ弾いてた」
「無意識ってこと?」
「うん。なんか頭の中にメロディが浮かんできてさ、指が勝手に動くんだよ。可笑しいよな、アタシは楽譜すら読めないのに」
北原が額に手を当ててどこか自分を追い詰めているみたいな顔をする。苦しそうな顔をしているように見える彼女に、何て声をかけていいか分からなかった。
「これが大切な記憶ってヤツに関係してるのかな?」
北原が閃いたみたいに言った。
「その可能性はあると思うよ。あの紙に書かれていた大切な記憶って、取り戻せって書いてあったからそもそも俺たちが失ったものだろうしね。覚えてないけど心のどこかで違和感を覚えたり、気になることがあったら、それは大切な記憶っていうのに繋がっているかもしれない」
「だよなぁ。んー……ピアノかぁ」
北原は腕を組んで目を閉じた。唸りながら何やら思考している様子だが、これといって何かを思いつくことはないらしい。
「アタシってピアノ弾いてそうに見える?」
「……正直見えない」
「分かる」
「分かるんだ」
「だってピアノとアタシって全然接点なさそうじゃん。どう見てもピアノ弾ける顔じゃないじゃん」
「楽器弾けなさそうだもんね」
「……ちょっとムカつくけど否定できないや」
一瞬北原のこめかみに青筋が浮かんだように見えたのはきっと気のせいだ。北原は自分で納得したような顔をすると、足をブラブラさせて先程弾いていたメロディを鼻歌で奏で始めた。
俺には音楽の知識がないから分からないけれど、たぶんさっきのメロディと全く同じだ。音もズレていない。
やっぱり、北原は音楽の才能がある。
それはきっと、大切な記憶に直結しているに違いない。
だが、記憶を失うと技術まで忘れてしまうものなのだろうか。
仮に彼女が以前かなりのピアノの腕前を持っていたとして、彼女からピアノに関する記憶を奪い取ったらどうなるのだろう。今みたいに、楽譜が読めなくても手が勝手にピアノを弾く現象に陥るのだろうか。これまで弾けなかったのに、こんな突然弾けるようになるだなんて。
それもこれも、世界に対して疑問を覚えたからだろうか?
「ねぇ、北原。もう一曲何か弾いてくれない?」
北原の奏でる音が気に入った俺は、ダメ元でそうお願いしてみた。北原は不思議そうな顔をすると、「うーん……」と微妙な顔で悩んだ素振りを見せる。
しかし、その末に「いいよ」と承諾してくれた。
「何がいい?」
「あ、えっと……ごめん、曲とか全然わかんなくて……」
「あははっ、アタシもそうだから気にすんなって。適当に弾いてみてもいいか?」
「もちろん。無茶ぶりでごめんね」
「いいって。何か思い出せそうだし、こっちとしても嬉しいよ」
北原は鍵盤蓋を開けて、白鍵を一つ叩く。ポロン、と優しい一音が鳴る。北原は目を閉じて、脳内で曲の検索をかけているように見える。長い睫毛の奥から瞳がゆっくりと覗くと、彼女は一度深呼吸をしてピアノに指を滑らせ始めた。
穏やかな午後のような始まりだった。滑らかな出だし、そっと隣に寄り添うな旋律。どこか切なさを帯びたそのメロディは、何かにとりつかれてしまったかのようにピアノを奏でる北原が紡いでいく。
俺はただただそのメロディに聞き惚れていた。心の奥にスッと入り込んでくるそれは、遠い昔を懐古するかのような淡い温もりを与えていく。
俺が見ているのは、ピアノを弾いている北原なのに、段々と視界が別の映像に切り替わっていく。そんなはずはないのに、俺には何か他のものが見えていた。
どこか色のない部屋で、二人の男女が話している。顔も見えなければ、声も聞こえない。シルエットだけでかろうじて性別が判断できるくらいだ。優しい音楽も相まってか、何故だかその映像に胸がギュっと締め付けられた。思わず胸に手を置き、ブレザーを握りしめる。皺が寄っていくのも気にせず、俺はこの不思議な感覚にしがみ付いていた。
俺の記憶にはない映像。もしかしたら、これが俺の失った記憶――つまりは、大切な記憶なのだろうか……?
その正体を知る間もなく、演奏が終盤へと近づいていく。ゆったりと、蝋燭の火がそっと消えていくみたいに、その音は空気に溶けていく。
最後の一音が余韻を心に残し、僅かな間の夢を連れ去った。
「……意外と弾けるもんだな」
演奏を終えた北原が、自身の手を見つめてそう呟いた。
「本当に今までピアノ弾いたことないの?」
「もちろん。ついさっき初めて弾いた。……自分の記憶にある限りの話でだけどね」
北原は丁寧に鍵盤蓋を閉めると、椅子に座って俺に向き直った。
「ねぇ、繋。不思議だと思わないか?」
北原が改まって訊ねてきた。
「何が?」
「今回のこと。アタシたち……っていうか、一吹が言い出しっぺだけどさ。世界について疑問を抱き始めた途端に、いろいろなことが可笑しいって思い始めたこと」
それは俺も思っていた。
一吹に言われるまでは、夜空がないことも、訳も分からず転校して普通に学校生活を送っていることも、この街から出られないことも、それほど疑問に感じなかった。むしろ、全てその違和感を忘れてしまっていたくらいだ。
「普通に考えればおかしいのにさ、何で今まで疑問に思わなかったんだろ」
「それが世界の常識だと考えてたからじゃない?俺はそうだったよ」
「確かにそれはあるかもしれない。常識を疑い始めた瞬間に、こんなにも違和感を覚えることあるんだな……」
北原が難しい顔をして言った。
「アタシたちがここに転校してきたのも、今までの生活も、なぜか全部間違いのように感じるんだ。……ひどい話だよな。家族のことですら、アタシは少し疑っている。本当はアタシの家族じゃなくて、ただの他人なんじゃないかって。そもそも、この世界自体が偽物なんじゃなかって、馬鹿げたことまで考え始めちゃった」
「……でも、北原が言いたいことは何となくわかる」
「ほんと?」
「うん。なんかさ、俺たちが世界に対して抱いていた疑問とか疑心みたいなものが、意図的に塗り替えられたというか……忘却されたといえばいいのかな?世界が何か大きな秘密を抱えていたとして、それを俺たちに気づかせないようにしているような気がしてさ」
「おぉ……なかなか壮大」
「だよね。でもさ、あんなお墓とか封筒の怪しい文字とか見たら、あながち空想の話でもないんじゃないかって思い始めたよ」
俺は開いた窓の外に広がる青空を見据えながら語る。
どうにも、誰かに誘導されている気がしてならない。あまりにも物事が進むのが早すぎるのだ。
でも、どこかで何かに引き留められている。そんな感覚もある。
「アタシたちがこの世界で生きる理由って、なんだろうな」
「それを探しに今調べてるんでしょ」
「そうだけどさ。もし、なかったらどうするんだ?」
「……それは考えてなかった」
「いや、考えたくもないけどね。世界に存在を否定されているみたいで嫌だからさ」
北原は立ち上がると、スカートを整えてぐっと伸びをした。
「……あー、やっぱり頭を使うのは苦手。考えれば考えるほどわからなくなるや」
「テーマが漠然としすぎているからね」
「それな。一吹のヤツも、よくまぁこんなこと知りたいと思ったよな」
「一吹は小学生並みに好奇心旺盛だから」
「ははっ、言えてる」
好奇心に駆られたら迷わず行動する一吹を思い浮かべて二人で笑いあう。きっと今頃、どこかで一吹がくしゃみをしているに違いない。
「あれ、何の音だ?」
突然、北原がそう言って首を傾げた。
「どうかした?」
「いや、なんか音が聞こえない?」
そう言われて耳を澄ます。確かに、何か音が聞こえる。足音だろうか。バタバタと忙しない音が、迷いなくこちらへと近づいてくる。
「まずい、飯田の奴が気づいたかな」
「え、見つかったらまずいんじゃ……」
「やばいな、隠れよう」
「ここ隠れるとこないけど!?」
あぁ、デジャヴって言うんだっけ。今日は何回誰かから身を隠そうとしなければいけないのだろう。ハラハラするのはもうたくさんだな。
「あー、繋……一緒に説教受けような」
「なんでだよ!」
キラリと眩しい笑顔で言った北原に思わず声を荒げる。説教なんてごめんだ。ましてや、受験まで残り少ないというのに。こんなところで問題行動を起こしていたら、お先真っ暗だ。
頼むから別の部屋へ行ってくれ。
その願いも虚しく、扉は勢いよく開かれた。
「た、大変なの!」
スパンッと音を立てて開いた扉から転がり込んできたのは、珍しく焦ったソプラノの声だった。
「な、なんだよ、あずか……」
音楽室に駆け込んできたのは、ひどく慌てた様子のあずだった。
壁に手をついて肩で息をするあずを見て、北原が力なく笑った。
「ずいぶん焦っていたみたいだけど、どうかしたの?」
「あ、あのね、思い出したの!」
「思い出した?」
あずが頷いてこちらに駆け寄ってくる。髪を結う赤いリボンが揺れ、少しだけ髪が乱れた。
「たぶん、あの紙に書いてあった大切な記憶だと思う!でもあと少しで、あのね……!」
「あ、あず、ちょっと落ち着きなって」
興奮した様子で訴えかけるあずの肩に手を置き、北原が落ち着かせようとする。あずは一言謝罪して、北原に言われるままに深呼吸をした。
「ご、ごめん、私ったら……」
「別に大丈夫だよ。それよりあず、大切な記憶を思い出したって本当?」
俺が訊ねると、あずは二度首肯した。
「私ね、お兄ちゃんがいたの」
「お兄ちゃん?あずって一人っ子じゃなかったか……?」
北原が不思議そうに眼を瞬かせる。
俺もあずに兄弟がいるという話は聞いたことがない。確か以前、一人っ子だから兄弟がほしいって本人が言っていたような気がする。
「それがね、今までずっと忘れていたの。ひどいよね……でも、お母さんもお父さんもそんな話一度もしてくれなくて……それが何でかは分からないの」
あずは目を伏せがちに泣きそうな声で言った。
家族の存在を隠蔽するって、一体どんな事情があるのだろう。そのうえ、あずの記憶から消された兄の存在。
ますます謎が増えたような気もするが、これであずはこの世界を抜け出す条件が揃いつつあることは喜ばしいことだろう。
「でもまぁ、お兄ちゃんがいたっていうことしか思い出せなくて……私、お兄ちゃんとずっと一緒にいたはずなの。でも、お兄ちゃんとの思い出が何一つ思い出せなくて……」
「じゃあ、お兄さんとの記憶がきっとあずにとって一番大切な記憶なんだね」
「そうだと思う。なんだか、温かい気持ちだから」
あずは胸の前で手を握りしめ、不器用に微笑んだ。
「よし、あずの手伝いすっか。あと少しで思い出せそうなんだろ?」
「う、うん……!」
「繋、アンタも協力してくれる?」
「もちろん。一人でも大切な記憶を思い出せれば、何か進展があるかもしれないしね」
「さすがリーダー、頼りになる」
「まだそれ続いてたんだ……」
リーダーという呼び名に少しばかりくすぐったい気持ちになりながら、苦い笑みを浮かべた。
協力すると約束すれば、あずがふわりと嬉しそうに笑った。あずまで「ありがとう、リーダー」なんて呼んできて、なんだか照れくさい。面倒だと思いながら、このポジションをなんだかんだ気に入っている自分がいるんだろうな。
「あず、ちなみに兄ちゃんのことはどこで思い出したんだ?」
「えっとね、どこでっていうか……写真を見たの」
「写真?」
「うん。靴箱に写真が入ってたの」
あずはそう言うと、ブレザーのポケットから一枚の写真を取りだした。
「慌ててたからそのまま突っ込んできちゃったんだけど……これ」
俺と北原は差し出された写真を覗き込んだ。そこには、小学生くらいの小さな女の子と、学生服に身を包んだ中学生くらいの男の子が写っていた。
二人とも満面の笑顔で映っている。二人は目元とか笑い方がそっくりだった。女の子の方は、多少だがあずの面影がある。
「たぶんね、私が小学校に入学した時に撮った写真だと思うの」
「誰に撮って貰ったか覚えてる?」
「うーん……お父さんだと思うけど、なんかしっくりこなくて」
あずは困ったように眉を下げた。
「でも写真は撮った覚えは何となくあるし、隣にいるのがお兄ちゃんだってこともちゃんと分かるんだよね。……今まで全く覚えていなかったのに、写真を見た途端思い出したの」
「あずの兄ちゃん、家には居ないのか?」
「うん。一度も見たことがないや」
あずが寂しげに笑んだ。
兄が家にいるのを見ていない。それは、あずの記憶にある範囲でだ。
家族のことだからあまり深くは聞けないけれど、あずの両親は再婚しているとかはないだろうか。こう考えるのは失礼かもしれないが、養子とか。
このどちらかなら、父に撮られたかどうか曖昧なのも、家に兄が居ないのも一応説明がつく。
「どっか行っちまったのかなぁ?」
「分かんない。もう少しいろいろ思い出したら分かるかもしれない……」
「それもそうだね。何かあるか探しに行ってみようか」
俺が提案すると、二人は頷く。
誰があずの靴箱に写真を入れたかは分からない。普通ならば家族か撮った人しか持っていないようなものなのに、どうして突然靴箱に入れられたのだろう。
やはり、誰かが俺たちの行動を誘導している?
そんな気がしてならなかった。
少しの不安を抱えながら、俺たちは音楽室を片付けて戸締りをし、バレないように鍵を職員室に戻した。案外バレないもので、正直この学校の不用心さを心配した。
「チョロいもんだな」
「み、雅ちゃん、台詞が悪役だよ……」
「いや~なんか楽しくなってな」
「それは分かるけど……」
「まぁ、こんな機会そうそうないしね。学生は規則とか破って何かしたくなるものだし」
「常識人な繋からそんな言葉を聞く日が来るとはね」
「俺別に常識人ではないと思うけど……」
俺が常識人だったら、こんな風に皆と一緒に調査などしていない。受験勉強に追われて今頃は机に向かっているだろう。
俺たちはとりあえず校内を歩き回ることにした。靴箱に写真が突然放り込まれたなら、どこか別の場所でも手がかりが得られるかもしれない。それこそ、廊下に何か落ちていたりだとか。
「お、いたいた」
「あれ、一吹。部活行ったんじゃなかったの?」
「抜け出してきた!今日は自主練だったからラッキーだぜ」
得意げに鼻下を擦るが、全然得意げに言うことではない。一吹が所属するサッカー部の顧問は、鬼顧問で有名だ。練習をサボっていることがバレれば、鉄槌が落ちるのは目に見えている。
「で、今は何してんだ?」
「あずの記憶探し。思い出したことあって一歩前進したからさ」
「マジ?すげぇじゃんあず!」
嬉しそうに目を煌めかせた一吹が言うと、あずが仄かに頬を赤らめて頷いた。
「んじゃ、オレも手伝うか」
「部活サボって大丈夫なの?」
「顧問いねぇから大丈夫!何かあっても遥翔がなんとか誤魔化してくれるって」
「遥翔のこと過信しすぎじゃない?」
「アイツは天才だし人望あるからな」
「アンタと違ってな」
「ひっでぇ!」
バッサリと吐き捨てた北原にショックを受けたような顔で一吹が声を上げた。
「だ、大丈夫だよ南雲くん……南雲くんもいつも元気で皆の人気者だから……!」
「あず……」
「部活をサボってるのはアレだけど……」
「おう……」
あげて落とすな……。あずは悪気はないようだが、一吹はかなりダメージを食らっているみたいだ。HPはもうゼロに近い。
「はぁ……んで、どこへ行くところだったんだ?」
「場所は特に決めてない。何か手がかりあるかなぁって探してるとこ」
「ほーん。行き当たりばったりって感じか。そういや、あずは何を思い出したんだ?」
「まだ言ってなかったよね。えっとね、お兄ちゃんのことなんだ……」
あずは簡潔に、思い出した記憶を一吹に説明した。兄が居たことと、不自然な記憶と家族。それから写真を実際に見せると、一吹は何やら思いついたようにポンッと手を叩いた。
「写真っつったら、うちには写真部があったよな?」
「うん。かなり実績もあったよね」
「不思議なことが起きている今だし、もしかしたらあずの記憶に関する写真があるかもしれねーぞ」
「それって盗撮か!?あずを盗撮してるヤツがいたら、アタシが何が何でも捻りつぶす」
「気が早いよ雅ちゃん……」
今にも誰かを殴り飛ばしそうな勢いの北原を、あずが半ば怯えながら止めた。
でも、気持ちは分かる。
写真部にあずの写真があったら、それはそれで大問題だ。記憶とは別に調査しなければいけないことが発生してしまう。
「まぁ、せっかく一吹が提案してくれたし、行ってみるだけ行ってみようか」
「さすが繋だぜ!愛してる!」
「それは気持ち悪いからやめて」
抱き着いてきそうな一吹を手で押しとどめる。北原とあずが何とも言えない目でこちらを見ているが、哀れんでいないで助けてほしい。
「さ、写真部の部屋に行くか」
「待って北原。せめて一吹をどうにかして」
北原に訴えかければ、彼女はスッと表情を消して、「……一吹」と地を這うような声で一吹を呼んだ。
「お、おう……」
無言の圧力だ。
北原の背後に般若が見えたような気がした。
「あずのために協力してくれるよな?」
「も、もちろん……」
「だったら遊んでないでさっさと行く!アンタが最初に世界の秘密を知りたいって言ったから今こんな状況になってるんだし!」
「おっしゃる通りです……」
思わず敬語になって縮こまる一吹に、腹を抱えて笑いそうになった。ここで笑えば、俺も巻き込みで北原に怒られるかもしれないので、必死に込み上げてきた笑みを噛み殺した。
「さ、さぁ行くぞ!繋、先頭を頼む!」
「俺なんだ……」
「チーム・コンパスのリーダーだからな」
都合のいいリーダー設定だな。
そう言いたいのを無理やり飲み込んで、俺たちはようやく写真部の部屋へと歩き出した。




