その1
旧校舎の地下で大量の墓石を見つけたあの日から一週間。案外簡単にいつもの調子を取り戻し、以前と変わらない学校生活を送っていた。
チーム・コンパスの皆は、相変わらず世界への秘密に思いを馳せているようだったが、今は記憶探しをメインに活動している。
俺も一生懸命その大切な記憶が何なのかを、この一週間考えていた。
だが、何も思い当たらない。進展はなしだ。
スマホの写真フォルダを遡ってみたが、特にめぼしいものはなし。学校で撮った写真だったり、飼っている犬の写真だったり……あとは、街を散歩した時に撮った写真しか入っていない。
自分にとって一番大切な記憶ってなんだ。真っ先に浮かんだのは、家族や友人のことだったが、別に家族や友人のことに関して何か記憶を失っているような気はしない。名前も分かるし、今まで一緒に何をしたかまで分かる。
もっとも、その大切な記憶は失われているのだから、確証はないのだが。そもそも、俺に何か忘れていることなどあるのだろうか。物心ついた時の記憶から現在に至るまで、朧気ではあるが思い出せる。どんなことをしてきたかも、それなりには記憶しているつもりだ。
しかし、そういろいろ記憶を辿っている最中に気が付いた。
俺は、ここに来た当初は記憶を失っていた。以前のことなど何一つ思い出せなかったはずだ。
それなのに、今は転校して来る前の生活が当たり前のように思い出せる。無駄に広い街の外れに住んでいて、父が街の中心部で働くことになったから引っ越した。それが理由で転校をした。街は本当に広いから、同じ街の中でも転勤は存在するし、引っ越しもしないと不便だ。
だが、それは本当に俺の記憶なのだろうか。なんとなく、自分の記憶ではないような気がした。他の人の記憶が植え付けられているみたいで気味が悪い。
そう思うようになってしまったのは、全てこの世界に疑問を抱いてしまったからなのだろうけど。単なる思い込みかもしれないが、こうなるまで何も疑問に思わなかったことが可笑しいと感じる。やはり、何か記憶を操作でもされているのではないだろうか。それこそ、世界の秘密に気づかせないように。
記憶を植え付けるだなんて、一体どういった手法なんだろう。やはり、一吹の言った通り俺たちは実験体か何かにされているのだろうか。こんな洗脳じみた事が出来るのって、もはや人間じゃない気もするが……。
そんなことをぐるぐると考えながら、俺はまた図書室で本を漁っていた。こんな所に大切な記憶が眠っているとは思えないが、きっかけくらいは落ちているかもしれない。運が良ければ、生物室の鍵みたいに世界の秘密への手がかりが見つかるかもしれない。
そう思いながら、俺は適当に本を取って机に置いた。
その時、小声で俺を呼ぶ声が聞こえた。引き抜いたばかりの本を仕舞い、声が聞こえた入り口の方に行けば、何故かニヤニヤと笑う一吹がそこに居た。
「何かあったの?」
「ふっふっふ!これを見たまえ繋くん!」
一吹が得意げに差し出したのは、小さな鍵だった。鍵がどうかしたのかとまじまじとそれを見れば、プレートにとんでもない文字が書かれていた。
「こ、校長室……」
「すげぇだろ?」
「どうやって手に入れたの?」
「ちょっとな」
しーっと内緒のポーズをして、一吹は悪戯に微笑んだ。なるほど、つまりは勝手に忍び込んで鍵をくすねてきたわけだ。
「バレたら不味いんじゃない?」
「バレないように頑張るんだよ!なんたってオレらは最強のチーム・コンパスだからな!」
「まだそれ言うんだ……」
「このチーム名気に入らなかったか?」
「そういうわけじゃないけど、何か恥ずかしくない?」
「大丈夫だって!かっこいいから!」
一吹は眩しい笑顔で言った。
何が大丈夫なんだ。しかも自分でつけたくせにかっこいいと言ってしまうのか。
「まぁそれは置いといて……、どうだ、校長室行ってみないか?」
鍵をちらつかせながら、一吹が悪い顔をする。この現場を教師の誰かに見られたら間違いなく反省文案件だろう。図書委員の顧問である教師がいないか慌てて確認し、俺は首肯した。
「行ってみよう」
「そう言ってくれると思ったぜ、繋」
「校長室なんて大事なものしかなさそうだからね」
ニカリと歯を見せて笑う一吹と拳を突き合わせた。そして、校長室へ向かうべく、二人で図書室を後にする。
今は放課後だ。ほとんどの生徒が部活動へ行っているし、教師も委員会や部活動の顧問で忙しい頃合いだろう。俺たちはそこを見計らって校長室に忍び寄った。
「一吹、校長室の鍵を盗んだのはいいけど、そもそも校長が中に居たら開いてるんじゃないの?」
「盗んだとは人聞きの悪い!拝借しただけだ!」
「どっちも同じ気がするけど……」
「同じじゃない!……校長が中に居たら、だったよな。聞いて驚け、今日は校長休みなんだってよ」
「……マジ?」
「マジだ」
なんともまぁ、都合の良いことだ。カミサマというやつは、どうやら俺たちの味方をしてくれるらしい。
「念のため確認はしたほうがいいよ」
「わかってる。だから今から確認するんだよ」
もはやコソ泥だ。体勢を低くして校長室の中を覗こうとしている姿を苦笑しながら見つめた。
生憎、この学校の扉にはめこまれているのはすりガラスだ。大抵の学校がそうだろう。覗いても何も見えなかったのか、一吹が今度は扉に耳をつけて中の音をチェックしていた。
「何も聞こえねぇな」
「本当に?」
「おう。扉も鍵がかかってるし、ガチで休みっぽいぜ」
グッと親指を立てる一吹の言葉に安堵する。今がチャンスだ。校長室など滅多に人が訪れることはないし、少しくらい長く調査をしても大丈夫だろう。
「よし、開けるぞ」
「おや、そこで何をしているのですか?」
一吹がポケットから鍵を取り出そうとしたその時だった。背後から年配の男性らしき声が聞こえた。二人揃って大げさなくらい肩を揺らす。冷や汗がどっと噴き出た。
「きょ、教頭先生……」と一吹が振り返って言った。そこには、怪訝そうな顔をした教頭が立っていた。
「南雲くん、校長先生に何かご用ですか?」
「へ?あ、いや……」
「校長先生は今日お休みのはずでしたけど。さっき山岸先生に聞いていませんでしたっけ?」
「いや~そうでしたっけ?」
「……南雲くん、まさか何か悪さをしようと?」
「ないないない!オレそんな悪いことしねぇって!」
「……ほう」
教頭の鋭い目が細められた。どう見ても俺たちを疑っている。
教頭は説教が長くて有名だ。ここでバレたら面倒だし、どう考えても担任にも報告がいくだろう。
ここは上手く誤魔化すしかない。
「教頭先生、俺たちはゴミ拾いをしていたんです」
「ほう、ゴミ拾いですか」
「たまたま通りかかった時に、お菓子の包み紙を見つけまして。何で落ちているんだろうなって思ってただけです」
俺は昼休みに食べたチョコレートの包み紙を見せながら言った。教頭はそれを手に取り、眉間に皺を刻む。
「……なるほど、ポイ捨てですか。だから私は菓子類の持ち込みを禁止しろと言っているのに」
「落とした人も気づかなかったかもしれませんし、仕方ないですよ」
そのゴミは俺のものだけど。
教頭は包み紙をくしゃりと潰すと、疑いの目を解いた。
「いい心がけです。またゴミを見つけたらよろしくお願いしますね」
「もちろんです」
綺麗好きな教頭は、廊下に落ちていたゴミが一つ減ったと勘違いしたまま、そう言って去っていった。
再び、廊下には静寂が舞い戻ってくる。
「た、助かった~ありがとな、繋」
「どういたしまして。一吹ってば焦りすぎて怪しすぎるよ」
「だってすげぇタイミングでくるからさ。さすがにビビるって……」
それは分かる。教頭はいつだってそうだ。来て欲しくない時に限って現れるし、肝心な時に見当たらない。
「……じゃあ、仕切り直して行くか」
「次は誰も来ないよね?」
「フラグ立てんなよ」
「ごめんって」
苦い顔をして一吹は再び校長室の扉に向き直った。職員室から盗んだ――一吹は拝借しただけだと言っていたが――鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。
カチャリと鍵が回り、校長室の扉が開いた。
「よっしゃ、開いたぞ!」
「早めに調べちゃおう。誰か来たら困るし」
「だな。何かあるといいなぁ」
俺と一吹は、何か新たな情報があることを願って校長室に忍び込んだ。
校長室は、どこか高級感がある内装だった。来客用の黒いソファに、綺麗に整理された書類がしまわれた棚。それから、窓の前に置かれた執務机とふかふかそうな椅子。普通は入ることのないその部屋に、思わず頬が緩みそうだった。
「どこから調べる?」
「やっぱ棚じゃね?なんかいろいろ貴重そうな書類ありそうだし。後は……校長の机とかもいろいろありそうだよな」
「じゃあ、俺が机を調べておくよ」
「オッケー」
俺たちは手分けをして調査を始めた。
執務机の裏側に回り、引き出しの前にしゃがみこんだ。机には、全部で五つの引き出しがあった。
試しに、一番上の薄い引き出しを引っ張ってみた。意外にもそれは簡単に引っ張り出せた。
……さすがに不用心な気がする。いや、そもそも部屋に鍵がかかっているから問題ないという考えなのだろうか。
他の引き出しも引っ張ってみるが、どれも同じだった。鍵がかかっていない。ひとまず何かめぼしいものがないか目を通して見る。どの引き出しにもファイルや書類がしまわれていた。印鑑や万年筆などが入っていた引き出しもある。全て校長が管理しているものが、この中には入っているのだろう。
その中でも一際目を惹いたのが、紐で綴じられたクリーム色の冊子だった。妙に分厚く、他の書類に比べたらわりと重要そうに保管されているみたいだった。中身が見える透明のケースに入れられていて、これが何か特殊なものであることは一目瞭然だった。
「一吹、今手空いてる?」
俺が声をかけると、棚を漁っていた一吹が振り返る。
「おう。何か見つけたのか?」
「まぁね。ちょっとこれ見てよ」
俺はクリーム色の冊子を机上に置き、一吹に見せた。
「なんだこれ?」
「まだ見てないけど、他のに比べて丁寧に扱われているみたいだったから気になってさ」
「へぇー、何かすげぇことが書いてあるかもな!」
一吹がワクワクした様子で目を輝かせる。そして制服のズボンで手を拭くと、躊躇なくその冊子を開いた。
「……誰だこれ?」
一吹が首を傾げた。
冊子を開くと、冴えない顔をした男子生徒の写真と、彼の学校生活について事細やかに記載された一枚の書類が出てきた。どの授業を選択したのか、どのような委員会や部活動に所属していたのか。それから、特技や長所、資格についてまで書かれている。
まるで履歴書だ。
それは一枚だけでなく、大量に紐で綴じられている。
「知ってるヤツいる?」
「いや、一人もいない」
冊子をパラパラと捲りながら答える。貼られた顔写真を見ても、特にピンとくることはなかった。
それもそのはずだ。
紙の右下に記載された文字を見て俺は気が付いた。
「これさ、全員卒業生だよ」
「卒業生?」
「うん。ほら、ここ見てよ」
右下に書かれた『卒業』の文字を指さした。
「ほんとだ。じゃあこれは卒業生のデータが書いてある本みたいなもんか?」
「そんなところだと思う」
そう告げれば、短く息を吐いて一吹は校長の椅子に腰かけた。
「なーんだ。秘密に関わりそうなことは書かれてなさそうだな」
「……そうでもないと思うよ」
俺が言うと、一吹が不思議そうに顔を上げた。
この卒業生のプロフィールには、不可解な点があった。入学した日付や卒業年度が書かれていないこともそうだが、それよりも一つだけ空欄となっている枠が不思議で仕方なかった。
「誰一人として卒業後の進路が書かれていない。……これって変だと思わない?」
「卒業生の進路は非公開っつーシステムなんじゃねぇの?」
「だったら、わざわざ『進路』って枠作らないでしょ?」
「……確かに」
もう一度ザッと確認してみるが、卒業後の進路が記載されている生徒は一人もいなかった。このような枠を用意したのなら、せめて進学か就職かくらい書いてもいいはずだろう。他の項目はびっしりと文字で埋め尽くされているのに、進路の枠だけが真っ白だった。
「……マジでどこにも書いてねぇな」
「何か意図があるのかな。……俺の考えすぎだと思う?」
「いや、これは間違いなくある!不自然だもんな!」
一吹は掴んだ新情報に舞い上がり、腕を組んで頭を捻った。彼なりに真剣に考えているようだった。
しかし、最初は楽しそうにしていたが、その顔は段々と曇っていく。何か思いついたのかと訊ねれば、一吹は静寂が満ちるこの部屋に小声を落とした。
「……この卒業生たちって、どこ行っちまったんだろうな」
ひゅっと喉が鳴った。
その発言が、何故だかとても恐ろしいもののように感じられたからだった。
「街で普通に仕事してるかもしれねぇけどさ……オレ、この学校の卒業生っていう人に会ったことねぇぞ?」
「言われてみれば俺もないかも……」
記憶を辿るが、天明高校出身の人に会ったことはない。そもそも、誰がどの高校に通っていたかを誰も教えてくれないのだ。
母さんも父さんも、この辺の高校出身じゃないと具体的な高校名は教えてくれなかった。近所の社会人のお兄さんだってそうだ。別に高校名を教えてくれないことは不思議じゃない。今気にかかるのは、この街に住んでいるにも関わらず、天明高校を卒業した人が俺たちの知る限り全くいないことだ。
「……卒業する時に殺されたりするんかな?」
怯えきって震えたその声に、俺は一週間前に見た地下室の墓を思い出した。あの下には、ここに載っている人たちが眠っているのだろうか。……あれだけの数の墓だ。この冊子に載っている人数と同じくらいかは分からない。
だが、数の多さ的に同じと言われても信じてしまうだろう。
「……信じたくないけど、なくはない話かも」
改めて言葉にすると、腹の奥がそっと冷えていくような感覚がした。
「やっぱりオレら、誰かの手のひらの上で転がされてんのかな」
一吹がそう言って唇を噛んだ。
嫌な話だ。
もしもそうならば、俺たちはこの学校の生徒になった日から結末が決まっていたということになる。それを知らずに、楽しく呑気に学校生活を送っていたわけだ。
それがまだ事実と決まったわけではないが、何となく腹立たしさと気味の悪さが纏わりついてきた。それを払いのけるかのように、俺はまた冊子を意味もなくパラパラと捲った。
「待って、繋」
突然、一吹がページを捲る俺の手を掴んだ。思わず肩を揺らして一吹を見れば、彼は冊子を凝視したまま「さっきの……」と呟いた。
「何か気になることでもあった?」
「……少しだけページ戻ってくれねぇか?」
「いいけど……」
言われたとおりに、一ページずつゆっくりと戻していく。一吹はその様子を穴が空きそうなくらいじっと見つめていた。
すると、ある人物の書類で「止めて」と一吹が言った。
俺はそのページを見つめた。
そこには、二見光牙という端正な顔立ちの生徒の写真が貼り付けられていた。クールそうな見た目で、一匹狼のような印象だった。そこに記載されている学歴を見る限り、文武両道で真面目な生徒らしい。かと思いきや、ガラスを割ったり服装検査に何度も引っかかったりするなど、多少問題点のある生徒のようだった。
「この人がどうかした?」
「……いや、何か、見たことある気がして」
「近所に住んでるとか?」
「たぶんそれはない。だったら見ればすぐ分かる。というか、見たことあるっていうか、実際に話したこともあるような……」
一吹は額に手を当てて唸った。必死に思い出そうとしているようだが、いまいちピンとこないらしい。
二見という生徒を見てみるが、俺には見覚えがまったくない。
どこかで会ったような気さえしなかった。
一吹だけがそう感じているということは、もしかすると探している大切な記憶とやらに深い関係があるのかもしれない。
「何か思い出せそう?」
「いや、全然。でも、何かオレには幼馴染っていうか仲の良い友達っていうか……繋たちとは別にいた気がするんだよな」
「それがこの二見って人?」
「さぁな……でも卒業生ってことは、オレたちより年上なんだろ?なら、違う気がする。今なんとなく頭に浮かんだ友達は、同い年のような気がするから」
一吹が顰め面をしたまま答える。
俺たちとは別の友人。オレは一吹が誰かとつるんでいるのを見たことがない。
彼は確かにムードメーカー的な存在でクラスの垣根を越えて多くの友人がいるが、特別誰かと四六時中一緒にいるのは見たことがない。たぶん俺が一番、一吹と行動を共にしているだろう。
「考えてもわっかんねぇな。これ思い出したら大切な記憶も取り戻せるのか?」
「どうだろう。思い出してみないことには何も分からないよね」
「だよなぁー……これって卒業生しか載ってないんだよな?」
「みたいだよ」
「ってことは、どこかに在校生のデータもあるよな?」
「たぶんあると思う。でも、ここにはなさそうだね。一通りどんな書類があるかチェックしたけど、あとは特に……。教育委員会が絡んだ書類とか、保護者向けのお便りの下書きとか……」
「マジかぁ……何かの手違いかもしれないし、在校生のと見比べれば何かわかるかなって思ったけど、在校生のはどっか別のとこにあんだな」
彼はもどかしそうに頭を搔いた。
そりゃそうだ。せっかく友人がいたような気がすると思い出したのに、その友人の詳細を思い出すきっかけとなるかもしれない在校生のデータがここにはないのだから。
普通は同じところにありそうなのにな。
誰かが持ち出したのかもしれないし、あえて別の場所で管理しているのかもしれない。それは校長本人に聞かない限りは分かりそうになかった。
「調査の途中で見つけたら一吹に渡すね」
「ありがとな。……それ見れば思い出せっかな」
「かもしれないよ」
そう言えば、一吹は曖昧に微笑んで冊子を閉じた。
二見光牙。
彼が、一吹の大切な記憶に関わっているのだろうか。無意識的にあのページで止めたのだから、可能性は高いのだが……。一吹が言う幼馴染か友達というのは、同級生らしいから、この人ではないのかもしれないけれど。
「……おい、繋」
「ん?」
「何か、足音しねぇ?」
そう言われてサッと体温が冷えていくのを感じた。耳を澄ませば、コツコツと規則正しい足音がこちらへと近づいてくるのが聞こえる。
「ま、まずい……急いで書類を片して部屋を出よう」
「いや、間に合わねぇだろ!とりあえず書類しまって、机の下隠れようぜ!」
「無茶じゃない!?」
「問題ねぇよ!」
「あー、もうどうにでもなれ!」
投げやりになって俺は書類をガッとひとまとめにして抱える。一吹と共に執務机の下に潜り込み、近づいてくる足音を聞いていた。
足音よりも、ドクドクと心臓の音の方が五月蠅い。もしここで見つかったら、説教されるのは目に見えている。学生からすれば、教師の説教は恐ろしいものであり面倒なものだ。
ここで見つかることだけは何がなんでも避けたい。
「……嘘だろ、入ってきやがった」
一吹が小声で焦ったように言う。
校長室の扉は、俺たちが入ってきた時に確かに閉めたはずだ。余程のことが無い限り、閉まっている校長室をわざわざ開けたりしないだろう。しかも、ノックの一つもなしに。
もしかしたら、俺たちが何か証拠でも落としてしまったのかもしれない。忍び込んできた時のことを思い返すが、特に思い当たる節はない。
単なる偶然だ。
校長室に躊躇なく入ってくるということは、教師である可能性が高そうだ。
部屋に入ってきた誰かは、室内を少しだけ歩き回っているように思う。さすがに書類が少しずれていたくらいで違和感を覚えたりはしないよな……?
俺たちはただひたすらに息を殺し、入ってきた人物が部屋を出ていくのを待った。ものすごい長い時間だった。警察から逃げ回る犯人って、こんな気持ちなのだろうか。
そう考えてしまうほど、この短い時間は緊張感があった。