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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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師匠となってくれる薬師が見つかったマイであるが、弟子になるにあたって一悶着があった。

薬師の弟子となるからには、師匠と同じ家で生活することを求められたからである。


薬師は、薬を調合する際に必要な道具や部屋を持つのものであるが、それだけでは無く、畑も持っている。

調合部屋は、必要な道具を置くだけの部屋ではなく、調合によっては周囲の人が気になってしまう異臭を出してしまったり、極稀にであるが爆発の危険性も考慮して必要であり、他人に迷惑をかけないように、薬師は一軒屋を持つか借りて暮らしているのである。

そして、薬を調合するには当然、薬草が必要であり、欠かすことの出来ない薬草は薬師たち自身が栽培している。

森で採取してこなければ手に入らない薬草は仕方が無いが、栽培できる薬草は自分たちで栽培していないと、必要な時に材料が全く無い状況をすぐに迎えてしまうためだ。

このような生活をしている薬師であれば、弟子は師匠の家に住み込むのが当然となるだろう。

畑の世話をすることで薬草の知識を身に付けられ、師匠の調合を間近で見る機会を多く持つことで

調合手順を学んでいける。

これが薬師になるための道であり、師匠となるソレが弟子に取ってくれると言ったその日にマイに告げた理由であった。


だが、当の弟子入り希望者であるマイには驚愕な話である。

このままリベルテの家で生活し、ソレの家には通いで学んで行くものだと考えていたのだ。

リベルテたちと離れると言うことに、ごねてリベルテに泣きつきもしていた。

しかし、薬師の家で生活していないと学べる機会が少なくなってしまうし、近くにいることで気づけることも気づけない。

最後には、薬師になったら、いつかは独り立ちが必要だからと諭され、マイはソレの家に住み込み

で生活することに首を縦に振る。

ただ譲歩として、豊穣祭が終わるまではリベルテの家で生活することをもぎ取っていた。


それから数日経ち、豊穣祭を迎えていた。

王都の大きな通りには、多くの出店や屋台が並び、香ばしい匂いや甘い香りが溢れている。

その匂いに誘われて、人が溢れかえっていた。


「リベルテさん、あれ! メーラを使った新作お菓子だって! 行かないと!!」

「すでに人が並んでますね……。無くなってしまうかもしれません! 早く行きますよ!」

普段することのない動きで人ごみを縫うように走っていく二人を、男性二人は遠い目になりながら見送る。

この時期だけの行動力と動きについていけない思いを早くも抱かされていた。

「まぁ……、去年も似たようなもんだったな」

「こっちは何買いましょうかね? あ、僕はそこのお店を見てきます」

いち早く意識を切り替えてたタカヒロが、女性陣はお菓子ばかり買ってくるだろうと考えて、主食となりそうなものを探しに向かってしまった。

レッドは一人取り残されたような思いを抱く。

「……アイツはどうするんだろうな。ってここは邪魔か。動かないと……」


つい先日、マイを弟子にしてくれる薬師が見つかり、豊穣祭の後、その薬師の家に住み込みになると聞かされた。

師匠が決まったことの早さ、薬師になるのに住み込みになるということに驚かされたが、マイが自分から願った道に進みだせたので、その日はマイを祝ったものである。

ただ、マイを拍手して祝っていたが、どこか寂しそうに、置いていかれた子どものような目でマイを見ていたタカヒロが心配だったのだ。


二人はメレーナ村で一緒に生活をしていたが、タカヒロはマイについて王都に来た印象だった。

それでも最初の頃は、冒険者に憧れを持っていて、実際に冒険者になっているが、これで生活をしていこうという意思は感じられない。

かと言って、マイのようにしたいこと、なりたいものも無さそうにも感じられるのだ。

マイが去った後、このままリベルテの家に残るのかもわからないし、冒険者を続けるのかもわからないままだった。

「なんか悩むと言うか、考え事をしてるようではあるんだよなぁ……」

一人になったレッドは、とりあえずとボアの串焼きを4本買い、近くの店で目に付いたパタタの薄焼きも買っていく。

気づけば両手が塞がっしまい、場所取りのためにいつもの酒場に向かう。

だが、早速と酒場も混んでいて、他の誰かが席を取ってくれていないかと不安になりながら酒場の中を見回した。


「おう! なにそこでうろちょろしてやがる。そこ座っとけ」

うろうろとしていたのが、客にエールを運んでいた店長の目に留まったらしく、軽く顎で指されたテーブルに目を向けると、綺麗に空いている席があった。

混んでいる中、空いていることに不思議に思いつつ、礼を言って席に向かう。

さすがに両手に料理を持ったまま歩き続けるのは嫌だった。

席につくなり、早々と料理をテーブルの上に並べ、椅子に座る。

他はまだかと入り口あたりに目を向けようとすると、すぐに声がかかってきた。

「レッド、早いですね」

ちょうど目当ての物を買って酒場に来ていたらしい、リベルテとマイが席に着く。

両手にはお菓子の類がいっぱいに買われており、マッフルがしっかりと存在していた。


「また新味ってあったんですよ。これを買わないわけには、いかないじゃないですか!」

レッドの目線に気づいたマイが、まるでマッフルの製作者であるかのように自慢げにテーブルに置く。

「前はメーラ使ってたんだっけ? 今度はなんだ?」

「オーランを使った物と、砂糖ではない甘い物を使った物だそうです。樹液なんだそうで、あまり買う人は少なかったのですが、マイさんがこれだっ! って大声で。びっくりしました」

「メープルシロップですよ? 砂糖のほかに甘味料があるなんて!」

感動しているマイを横目に見ながら、レッドは目線でリベルテに問いかける。

マイが大量に買っていた傍で店員に話を聞いたところ、グーリンデ王国から輸入された甘味料だそうで、砂糖と少し違った甘さであったため、砂糖とは別物として売りに出している、という話らしい。


グーリンデはモデーロ候領のシュルバーンと同じく、山があって鉱石も取れるのだが、温泉のようなものはないらしい。レッドたちも耳にしたことは無い。

シュルバーンは温泉の熱を利用して、あまり寒くない環境を整えたことでキビートを育てているのだが、温泉が無いグーリンデではキビートは栽培できない。

そのため、甘味は果実しかないものとなるのだ。

しかし、周囲に木が多く、伐採の過程で樹液を多く出す木があり、その樹液が甘いことから甘味料としてグーリンデで普及し始めたそうで、オルグラントとの同盟が結ばれたことで交易に含まれてきたらしい。

マイの様子から、オルグラントからグーリンデへの一方的な交易とはならずに済みそうに思えた。


グーリンデは、山が多く、木に囲まれた土地であるが、周囲三方向が他の国に接しているため、防衛を考え、大軍が通れないように伐採しすぎるわけにいかなかった。

そのため、農地を広く取れない国であったのだ。

だからこそ、この交易が始まったことで、肥沃な土地を持つオルグラントから食料をたくさん輸入し出している。

食糧を輸入するのは、グーリンデでも多くの人々にそれだけ食べ物が手に入りやすくなるので、グーリンデの人々は歓迎することではあるのだが、オルグラントに食料と言う生命線を握られることにもなってしまう。

それだけでなく、輸入だけとなってしまうと、グーリンデからオルグラントにお金が流れ出ていくだけとなってしまうことでもあり、グーリンデ王家とオルグラント王国に不満を持つ人が多くなってしまう恐れがあった。

それがあって、グーリンデはもっと多く輸入したいが、様子を見ながらではあるが、輸入量を制限して交易しているのである。

だが、ここでこのメープルといったグーリンデ特産の品がオルグラントで流行れば、グーリンデから輸出する物が増えることになる。

そうなればお互いに交易しあえることになり、一方的にお金が流れるだけにならずに済み、交易の量を増やしやすくなって、グーリンデも輸入できる食糧も増やすことができるだろうと考えたのだ。


「お互いに良い物になれば、それを断ち切って、また戦おうって気には、なりにくくなるからな」

国同士の戦いは、犠牲は大きなものになる。

国同士が戦わずに済みそうな流れを、レッドは歓迎したかった。


「遅くなってすみません。な~んか目を惹かれる品がなくて……」

そこに手ぶらなタカヒロがやっと酒場にやってきて、席に着く。

「え~? タカヒロ君、何も買ってきてないの?」

タカヒロが何も買ってきていないことに、マイはタカヒロに不満をぶつける。

こういう時だからこそ、多少はずれであっても、他では口にする機会が少ないものを食べたいのだ。

マイにとって王都の豊穣祭はまだ二回目であり、まだまだ堪能していないお祭りで目を惹かれる品が無いことは無いはずだ、とご立腹であった。

「ごめんごめん。でも、席は確保してたんだから、許してよ……」

混雑している中、テーブルに空きがあったのは、タカヒロが前もって店長に話を通していたためだったらしい。

「よく認めてくれましたね……」

多の人で混む中で貴重なテーブル席を一つ空けておくなど、稼ぎを減らしてしまうだけでなく、他の客から文句を言われてしまう行為である。

貴族御用達のお店であったり、お金を沢山持っている人が行くような高級な酒場でなければありえない行為である。

もっとも、貴族たちわざわざ酒場に行くことはない。自分の屋敷に取り寄せる。

高級な酒場であっても、客が大勢くるのであれば、わざわざ空いた席なんて容易しないだろうが。


見計らったように、テーブルに4つのエールが置かれた。

店長はタカヒロを見て親指を立て、タカヒロが同じような仕草を返す。

残りの三人は、店長とタカヒロの突然の行動についていけない。

「……食べましょうか。それじゃあ、マイの門出にかんぱーい」

一人さっさとエールに口をつけたタカヒロは、レッドの買った串焼きに手を伸ばす。


「お~、このタレ、美味しいですね」

一人先に食べ始めたタカヒロの感想に、残りの三人もハッとして、エールや料理に手を伸ばし始める。

「一人先に食いやがって……。ん~。パタタもこういう形で食べると美味いもんだな」

「お酒のおつまみにいいですが……、ここまで薄く切るのは、手間ですね」

レッドとリベルテは、パタタの薄焼きを食べてはエールを飲み、またパタタに手を伸ばしていた。

「そういう道具って無いんですか? んん~。このパンに挟んで一緒に食べると、これまたいいですよ?」

マイはボアの串焼きを串から外して、買ってきたシャーフの薄切り肉を挟んだパンにボアの肉を詰め込んで食べる。

元々の味付けは薄い味付けだったそうで、濃い目の串焼きのタレがちょうど良いらしい。


「やたら肉ばっかりにして食べるな……。ちょっと真似しようかな」

肉を挟んでいるパンに更に別の肉を追加すると言う、最初の店泣かせな行為であるが、やってみたら思いのほか美味く、レッドは口いっぱいに頬張っていく。

「おそらく老衰か怪我で亡くなったシャーフのお肉を売りに出したのでしょうね。お肉にあまり脂がありません。その分、さっぱりと言うか軽いのですが、物足りないですね」

シャーフの毛は衣服に使われている。

利用できるの毛を伸ばすシャーフは、その毛を刈っても、また月日がたてば伸びてくるのだ。

無為に殺して肉にしてしまっては、折角の収益を無くしてしまうことに他ならない。

シャーフの肉が使われているとなれば、リベルテが言ったような場合だけになるはずであった。


「おらよ」

豊穣祭時の店のルールに、席を使うなら店の料理も頼まなければいけないというものがあるが、レッドたちは勝手に料理を持ってこられるのだ。

店主も相手を見て、お金をあまり持っていない人には勝手に料理を出したりしない。

それに、持ってこられる料理はたいてい美味しいものであり、高い値段を請求されるわけでもない。

また、料理を勝手に出されるというのは、この店を利用する人の中では店主に上客として認められた証とされている。

歓迎していない人たちも少数いるが、それは店主の予想がはずれて、お金をあまり持っていなかったり、少食な人だった場合だけであった。


「野菜も食っとけ。相変わらず買ってくるものが偏るやつらだな」

お金が無いと食べるものは偏りがちになるものだが、身体が資本である以上、リベルテは一応、気を遣っている。

偏った食事を続けていた人は他の人より早くに亡くなっただとか、身体を壊しやすいと言うのが無くならない話であり、オルグラント王国中で知られているのだ。

「これはパタタサラダだ。こいつに教えてもらってな。ちょいと手間がかかるが、他の料理も作ってればそこまで手間に感じないかもな。んで、こっちがクロケ。こっちもうまいが、こっちの方が手間がかかりすぎる。祭りの時期に物珍しさを出すのにしか作りたか無いな」

「簡単だと思ったんだけど、油がやっぱり高いかぁ。いっぱい作ると油もすぐに悪くになるって言うからねぇ」

タカヒロが慣れた物を食べるように、店主が持ってきた料理を口に運んでいく。

「あ、それ私も食べるよ。お~、揚げたては美味しいね~」

マイもあっさりと手を伸ばして、頬張っていった。


タカヒロたち二人の様子を見て、レッドはまず手元に近かったパタタサラダから手を伸ばす。

リベルテもそちらにしようとしていたのが、マイにクロケを勧められ、クロケに手を付けるしかなくなっていた。

「茹でたパタタを潰したのか。あ~、これにはマリソースを使ってるよな? 合うもんだな」

「サクッとした歯ごたえがいいですね。……これも茹でたパタタを潰したものですよね? 先ほどの話からすると、揚げてるんですよね? 茹でただけで十分食べられるのに、潰して形を整えてから油で揚げるんですか……。手間がかかりすぎですね」

油で揚げる料理が無いわけではなく、揚げるための油を大量に用意しにくいことがあって、贅沢料理とされているのだ。

獣くさい油であれば、もう少し用意しやすいかもしれないが、そんな臭いものを口にしたい人はそうそういない。

そんな油事情にあって、茹でたパタタを潰して味付けをして、わざわざ油で揚げると言うのだから、どれほどの手間かわかるものである。

材料のほとんどがパタタだけであって、揚げるための油を用意して、茹でて潰して揚げる手間を考えたら、この酒場には驚きの金額にしなければ採算が取れない。

店の定番料理にするとは口にできないだろう料理であった。


クロケを食べた後、マッフルにかぶりつき始めているマイ。

相変わらず、食べるのは早く、そして美味しそうに食べる。そして、結構な量も食べる。

「ん~、オーランのマッフルは、メーラとまた味わいが違いますねぇ。他の味と合わせていくらでも食べれそう~」

「これは確かに、プレーンとはまったく違いますね。当然、好みは分かれるでしょうけれど、メープルもありですね」


気づけば買ってきた物、注文した物、店主がもってきた物。全て無くなり、お腹一杯でまったりする面々。

「あ~、かなり食べたなぁ。まだ他にも手を出してみたいが……、一休みしてからだな」

「そうですね~。でも、このままここで休むわけには行きませんね。一旦、帰りましょうか」

「あ! フクフクにも何か買って行ってあげないと!」

「帰る途中にあるといいねぇ」

全員気だるそうにしながら、もう少しだけ休んでから店を出ようと口にせずとも決まっていた。

まったりとした空気の中、レッドがマイの方を見て、残り少ないエールが入ったコップを掲げる。

「……マイ。頑張れよ」

少し呆けた後、マイは元気良く頷いた。


空のコップも交え、4つのコップが打ち合う音が小さく鳴る。

店と表の喧騒に掻き消されてしまうほどの小さな音であったが、歩き出す人の背中を押す祝福の音だった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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