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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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王都に降った雨は上がり、また熱い陽射しが戻ってきていた。

レッドはタカヒロとともに、引き続き収穫作業の依頼に出かけている。

王都に残ったリベルテとマイは、マイを弟子に取ってくれそうな薬師が居ないか探し回っているが、誰でも彼でも受け入れてくれる者など居るわけがなく、今取っている弟子で精一杯だと断られていた。


「……ごめんなさい、リベルテさん。面倒なことお願いしてしまって……」

薬師になりたいと言ったものの、ここまで入り口にも立てないものだとは考えてもいなかったのだ。

他の職でも言えることであるが、需要と供給というものが存在している。

薬師が増えれば、調合する薬は多く出回ることになり、助かる人も増えると考えてしまうものであるが、薬師が増えて調合する薬が多くなれば材料の不足を招く恐れがあるし、薬が大量に出回ることで価格を大幅にさげてしまう可能性もあるのだ。

価格が下がりすぎれば、薬師の売り上げが減ってしまうし、薬師が増えることで傷病者の取り合いと言う問題も起きないとは言いきれない。

薬師が薬師として生活していけない状態に陥ってしまうのである。


そのため、薬師の人数を調整する暗黙の共通認識が出来上がっていて、それが薬師ギルドの仕事の一つになっている。

薬師が定期的に集まって行われる情報共有する会合には、抱えている薬師の人数の確認が含まれているのだ。

人数の調整であるが、弟子を取ったからと言って、その弟子が一人前になるまで続けてくれるとは限らない。

かといって、弟子を取らないと言うのは、秘伝としている製法を途絶えさせないように弟子を取ってもらいたいと言う圧力が国全体からかかるため、弟子を取らないというわけにも行かなくなっている。

そのため、誰のところに弟子が何人いるから、誰のところに何人弟子を取って欲しいという調整が難航する。

この時ばかりは、仕事が膨大に押し寄せることになる薬師ギルドの職員たちは、職員になるのではなかったと後悔する人が多いらしい。


「先ほどに戦争がありましたからね……。兵として戦えなくなった方々も、生きていくためには何かしらの糧を得ていかなくてはなりません。薬師に伝手を持っていて、薬師になろうとする人がそれなりに居らしたのは大きいですね」

他国との戦争が続き、国を守るために戦い続けてきた人たちを、怪我で退役したからと見放すような王国民は存在しない。

戦争だけでなく、モンスターからも人々を守るために、厳しい訓練を続け、戦ってきた人たちである。

これを見放すということは、自分たちを守らなくていい、自分が代わりに戦うと言うようなものだ。

自身の利益だけ求め、他者からの恩に報いないなど周囲から大いに嫌われる。

安全な王都の家の中から退役した人たちを非難した人が居たが、ならばと連れて行かれた訓練で泣き出し、モンスターと対峙して漏らし、戦争では一番遠い所に配置されたと言うのに震えて逃げ出した。

最後は、退役した人たちに地に頭をつけて謝罪した、と言う本が存在している。

子供向けの教本じみた内容であるが、事実だとオルグラント王国中に広がっている誰でも知っている話があるのだ。

そのため、退役した人たちが次の職に就くことを優遇されてしまうのも当然であり、仕方の無いことなのである。


「さすがに今から兵になって、それから伝手を作って……なんて遠すぎる話ですし、何より退役されるほどの怪我をするか、年齢にならないと、と言うのは……」

怪我をした人たちを治したいという思いから薬師になりたいのに、その薬師になるために兵になって大怪我を負うなんて、どこまでも迂遠であり、失うものが大きすぎる愚かな考えとしか言いようが無い。

「さすがに、そこまでしてなりたくはないです。……すみません」

「いえいえ、そうしたいと言われてしまったら、どうにかして思い留まらせなければいけないところでしたから」

リベルテはにっこりと笑っているが、利き手がしっかりと握りこぶしを作っているをマイは目にしてしまい、乾いた笑いを漏らすしかなかった。


「それにしても伝手で聞くことが出来た方々は、どこも手一杯という感じでした。これからどうしましょうか?」

「ん~、他に受け入れてくれそうな方って居ないんですか? あ、他の町なんかではどうなんでしょうか?」

王都でダメなら他の町で、と考えたらちょっと希望を抱けてしまい、いい考えと自賛するマイ。

だが、リベルテは首を横に振る。

「他の町では、もっと受け入れてくれそうな人は少ないですよ。王都より暮らしている薬師は少ないんですから。……ですが、貴族領くらい大きければさすがにわかりませんから、可能性が無いとは言えませんね。ちなみに、村は王都の薬師ギルドから派遣されますから、村に行っても弟子を取れる方はいませんよ」

薬師ギルドから村へ派遣する薬師を選んでいるが、村に行きたいと承諾する人や手を上げる人は多くない。

王都の薬師のほとんどは、当然、王都で生活してきた者である。

王都での暮らしに慣れていれば、不便になる生活など受け入れがたい。

王都で買えていた物が、村では買えない物になったりするのだ。

人は、手が届かないものには我慢出来るが、手にしていたものを我慢すると言うのは難しい生き物である。

そのため、村長宅に薬を届ける手配をしたり、王都に早馬が着たときだけ治療に向かうとする村派遣となった薬師が多く、不便となる村に行くことを強制することなどできない薬師ギルドは黙認するしかなかったりしているのが現状なのだ。

以前に、メレーナ村でマイが勝手に薬師の真似事をしていたのが薬師ギルドにばれなかったのは、村に王都からの薬師が常駐しておらず、王都の薬師には早馬を出さなければ治療に訪れることが無かったためである。

また、メレーナ村としても、わざわざ王都まで早馬を出さなくとも、すぐ近くに治療できる人が居てくれることを大事にし、王都の薬師ギルドに報告しなかったことも理由にあったのだ。


「あら? サ……じゃなかった、リベルテちゃんじゃないか。ここいらで仕事かい?」

これからどうしようかと、歩きながら話をしている二人は、突然声を掛けられる。

足を止めて、声を掛けられた方に顔を向けると、人の良さそうなおばさんが手を振っていた。

忙しく不規則な生活を続けているのか少しやつれ気味に見え、リベルテにもマイにも覚えが無い女性に返事のしようが無い。

リベルテは最初に呼ぼうとした言葉が言葉だけに、必死に記憶を手繰り寄せているのだが、リベルテの記憶を持ってしても思い当たる人が出てこなかった。


「え~っと……。どちら様でしょうか?」

名前を呼ばれたのはリベルテであるが、誰であるかを思い起こすことに必死なリベルテを横目に見て、マイが遠慮がちに女性に話しかけた。

「んん? あ~、あの時、リベルテちゃんと一緒に給仕してた子かい? あらま? そういう格好してるとずいぶんと勇ましいもんだね。でも、女なんだ。もうちょっとかわいい服を着た方がいいんじゃないか? おしゃれしなきゃ。素は良さそうなのに、そんな格好ばかりしてちゃ男に間違われちまうよ?

あ、リベルテちゃんもだからね。あの人は大丈夫よって言ってたけど、心配だわぁ。あ、でも、相手の男性が居るのよね? だったら、その相手に服を買ってもらいなさいな。相手の人のことは聞いてるんだけど、もうちょっと詳しい話をリベルテちゃんの口から聞きたいわ~」

茂みを突いてセルパンに咬まれると言うべきか、誰であるか名前を尋ねたはずなのに服装についてダメだしをされてからずっと話し続けられ、マイは口を挟むことも出来ない。

リベルテに至っては、誰からどんな話を聞いていると言うのか、名前をはっきりと呼ばれているだけにマイより逃げられそうも無く、背中には嫌な汗が流れていく。


それから話し続けることしばらくしてやっと、固まっているリベルテたちに気づいて、ごめんねぇと謝りだした女性。

「いや~、しばらく家に篭りっぱなしで、人と話すのが久々だったのよ。しかも、見かけたのが若くて可愛い子だったし、気になってた子だったから、つい……」

謝ってくれてはいるものの、リベルテとマイの共通の思いは、誰ですか、の一言である。


「おや? 私のこと覚えてない? それはちょっと悲しいわ」

泣き真似をされると、誰なのか思い出せないリベルテは申し訳なさで一杯になる。

「す、すみません。あまりにも印象が違うのか、思い出せなくて……」

敵対している相手であるとか、嫌いな相手であればこのまま無視してしまうのだが、そうではない人であれば、リベルテたちは放りだしては行かない。

それを知っているマイは小さく笑ってしまった。

そんなリベルテたちだから、一緒に居られるのだ。


「そうかねぇ? しばらくまともに食べてなかったから痩せたかしら? それで印象が違って思い出せないならしょうがないわねぇ」

リベルテの苦し紛れの言葉にしょうがないわと軽く流してくれる女性であったが、印象が変わるほど痩せると言うのは、相当過酷な生活でもしなければありえない。

常日頃から体型の維持のために戦い続けている二人には、本当に痩せられるのであれば、詳しく聞いてみたい話であるし、嫉妬を覚えてしまう言葉でもある。


「え~っと、そうねぇ。リベルテちゃんにおばあさんの形見を渡したって言えば、思い出してくれるかしら?」

その瞬間、リベルテはあっと声を上げてしまった。

リベルテとマイが「どんぐり亭」で給仕をしていた時に、おばあさんの葬式があったと教えてくれ、その上、おばあさんの形見の品を届けてくれた人であることを思い出したのである。

そして、リベルテがおばあさんに会っていた時の名前を知っている人でもあった。

「あの時はありがとうございました」

思い出したリベルテは、大切な品を届けてくれた相手に深々とお礼を述べる。

「いえいえ、どう致しまして。私もあそこで渡せて良かったよ」


「えと……、私たちはちょっと人探しというか、薬師の方を訪ねてまして」

しんみりしてしまった二人を見て、雰囲気を変えた方がいいかなと、マイがこの辺りにいた理由を女性に教える。

「なんでまた薬師に? でも、それならちょうどよかったのかな? 私にも会いに来てくれたってことでしょう?」

女性にそう言われてもどういう意味かわからなく、マイとリベルテは互いに顔を見合わせた。

「あ~、もしかして私が薬師ってことは知らなかった!? あら~、それは残念だわ。リベルテちゃんのおばあさんを定期的に診ていたのは私なのよ。だから、リベルテちゃんのことは、おばあさんから聞いてたんだよ」

そういうことか、とやっと合点のいくリベルテ。

往診の仕事の上で必要な力なのかもしれないが、この人は話をするのが好きであり、おばあさんは誰かに聞いてもらいたかったことがあったのだろう。

だから、この女性はリベルテのことを知っていたのだ。

そして、往診していたからこそ、おばあさんの手紙と鍵を受け取り、リベルテに届けにきてくれたのだと。


「それで、薬師に何の用だい?」

リベルテに目を向けられ、マイが一歩踏み出す。

「私、薬師になりたいんです。私のせいもあって傷つく人をよく見てきてしまった……。だから、それなら私は傷ついた人たちを治せる人になりたいし、ならなきゃいけないと思ったんです」

女性は見定めるようにマイの目を見て、マイが言い終わった後、ふぅと息を吐いた。

「ならなきゃいけない、なんて義務みたいなもんは無いよ。人は自由に生きていいんだ。まぁ、人に迷惑かける生き方ってのは、いただけないけどね。それに……傷ついて欲しくないってなら、戦わなきゃいいし、戦わないで済むようにあんたが面倒見てやればいいだけじゃないかい?」

突き放すような言葉であるが、マイは相手の目を見返す。

簡単に引いてしまえるほど、簡単に決めたつもりではなかったのだ。

「……私は、誰かを癒せる力が欲しい。それがずっと願ってきたことだって、気づいたんです。だれかを傷つける力なんて、私は欲しくない。守る力はあった方がいいのかもしれないけど、私には守ってくれる人がいますから。……だから、私はその人たちを癒せる力が欲しいんです。なによりその人たちは、誰かを守るために傷つきながらも戦おうとする人たちだから」

しょうがない人たちだと愛おしく笑いかけるような表情に、その女性が笑ってマイの肩を叩く。


「全ての人を助けたいとか、どんな怪我や病も治したいなんて夢物語を吹かすようなら突き放してやったし、怪我をするのが怖いとかってんなら、叩いてやったよ。誰かの傷を見るってのは、決して気分の良いものじゃない。夢物語を吹かしたり、自分が怪我したら治したいなんてだけじゃやれない仕事だよ。だけど、あんたのその顔なら、ちゃんと目の前にいる相手を見てあげられそうだよ。私の名前はソレって言うんだ」

「え? あ、はい。マイです」

「もっとシャキッとしな。私のところで見てやるって言ってるんだよ」

その意味を反芻して、マイはソレとリベルテの顔を何度も見てから、勢いよくお辞儀する。

「よ、よろしくお願いします!」


喜ぶマイを見て、よかったと思いつつも、心配になりリベルテはソレに小声で話しかける。

「あの、ギルドの方は、大丈夫なんですか?」

「私にはちょうど弟子なんて居ないしね。それに弟子にしたからって必ず薬師になれるとは限らないんだよ。まぁ、普通はその人の後継者として薬師になれるもんだが……。私のところで一人くらい弟子を取るくらい大丈夫よ」

リベルテにそう答えたソレは、マイの方に顔を向ける。

「なりたいって意思は買うけど、すぐになれるもんじゃない。長く掛かる道だけど、やれるかい?」

自分の目指したい先、目指す生き方を見つけたマイに迷いはなかった。

「はい!」

その輝かしい表情に、リベルテには、マイが薬師になって人々の助けになっている光景が浮かんでいた。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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